けんけんさん

その夜の侍のけんけんさんのネタバレレビュー・内容・結末

その夜の侍(2012年製作の映画)
3.0

このレビューはネタバレを含みます

全体的に暗い色味の映像がとても良かった。『ばぁーっべっきゅう!ばぁーっべっきゅう!』と叫び散らす山田孝之は自己中で短気なチンピラを上手く表現していた。煙草に火を点ける仕草は何故かセクシー。

堺雅人は劇中ほとんど喋らない。愛する妻を突然轢き逃げで失った男の哀しみと復讐心はしっかりとその眼と鬱屈した雰囲気に投影されていた。彼は相手の話(言葉)をまさにシュレッダーのように無機質に耳から脳へ入れ、ただ整然と千切られた紙をべーっと吐き出すように、都度同じような返答や反応を示す。5年経とうが彼の中では時計は止まったまま、生前最期となる『ありふれた留守録のメッセージ』を繰り返し聴き、亡き妻のブラジャーをズボンのポケットに忍ばせる。遺骨は雑然としたテーブルの上に置き、妻の衣服の残り香で嗚咽する中村(堺雅人)が馳せる想いは、亡き妻への追慕の情なのか、反省もろくにせず日常を生きる轢き逃げ犯への復讐心なのか…。いずれにせよ、突として日常から非日常に墜ちてしまった男達ではあるが、加害者と被害者遺族である彼らの関係性が拗れて遂に交わった瞬間(豪雨の中、公園で対峙するシーン)こそがこの映画のクライマックスであり最大の見せ場になる。

『こんばんはぁ!』「…こんばんは!」のシーンを予告で観た際は、復讐なぞ返り討ちにしてくれようと息巻くサイコパスvs運命の瞬間を前に決意と復讐心を鎧の様に纏った中年という構図が頭に浮かんだが、
実際は、不安と恐怖に精神を蝕まれ決着へともがく弱者vs『ある想い』の元、任務遂行すべく姿を現した機械、のようだった。

『ある想い』とは、「自分を殺させて相手を今度こそ死刑にしてその命を奪う」事であり、自身の過失を性根では認めずただ刑に服しただけの男に誂えた最上級の私刑の形である。
この悪人を殺して俺も亡き妻の元へ…とならなかったのは、同意できる。死んだ先の事など分からないしいくら脅迫状で追い詰めて刺し違える覚悟で殺したとしても、亡き妻との日常は二度と戻らない。憎き木島には、刺されて死ぬ間際に感じる絶望や後悔よりももっと永く長いものを与えたかったのではないか。

それでも『この物語には、この話には初めから君は関係なかった…』と木島に言い放ったのは、遺族である中村の喪失期が終焉したからなのか。いずれにせよ、木島や亡き妻の遺した留守録やプリンから解放され遺族として前を向く決意をした中村は、また少しずつ日常を取り戻していくのだろうか。絶望的な喪失感を5年も味わった彼の心の傷は、台風がもたらした豪雨がすぎさったように、いつか癒えるのだろうか。
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