樹

霧の中のハリネズミ/霧につつまれたハリネズミの樹のレビュー・感想・評価

5.0
「深い」という感覚を、私はずっと気にしています。
  ここでいう深みとは無論、物理的な距離のことではなく、感覚の中に生じるものです。それは、何か永遠に不明瞭で曖昧模糊で捉えることができないが、しかしはっきりとした存在感は迫ってくる、そんな感覚です。そして深みは、謎めきや崇高さを呼び、心の豊かさや幸福感といった感動に直結するものだと考えます。

「霧の中のハリネズミ」は私にとって、多分に「深み」が感じられる作品であり、それゆえ、一つの理想の幸福感を表しているものだと考えています。

透明フィルムとアナログペインティングの表情が重なった美しい奥行きや複雑さは、まさに深みの感覚を視覚的に湧き起こします。とりわけ霧や陰翳、草の茂み、暗い川といった曖昧な空間を持つモチーフは、見えないけど奥に何かが在るという深みをよく感じさせていると思います。魚やコウモリの姿がはっきり見えていないことにも、同様に言えるでしょう。
 謎めいて、不可思議な世界はおもしろく、そんな魅力的な世界の一部として自分も存在している、という生への驚きは、そのまま生の喜びとして感じられるのです。
 一方で謎めいている自然界には恐怖や危険もあります。が、そんな一見ネガティブなものも、ここではセンス・オブ・ワンダーの一様として見ることができ、自然界の魅力の一部になっているのではないでしょうか。
 いってみれば、これはアニミズムに通ずる感覚でしょう。生きる環境に対する感動や畏敬の心は、ヒトにとって原始的で根源的な幸福感なのだと思います。多くの人が少なくとも子供の頃には気づいていた、世界や自然に対する感動が蘇るのではないでしょうか。

 …一人よがりすぎる見解になってしまったかもしれませんが、少なくとも私はそう見ました。
樹