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デリンジャーのsleepyのレビュー・感想・評価

デリンジャー(1973年製作の映画)
4.5
マジックアワー

1930年代に米で名を轟かせた実在の銀行強盗、デリンジャー。本作は実話か否かを離れ、「伝説」として強烈に面白い。銃弾と硝煙とマッチョイズムともいうべきものがむんむんと全編に溢れる。本作はあの時代を疾風のように駆け抜けたデリンジャー一味とFBIに実在したパーヴィス側とのいわば「戦争」を、これでもかという銃声と流血とともに少しの感傷を交えて描く。

いわゆる「マジックアワー」での撮影シーンが多く見られ、時代のあだ花的デリンジャーと、貧困と混乱のあの時代が淡く悲しく照射されているようだ。1日の内のわずかなマジックアワーの光が、影が、消えゆくアウトローたちの挽歌になり、彼らに寄り添っているようで胸が熱くなる。その残照の中で一人また一人と激烈な生に別れを告げる。

New American Cinemaにはいくつかの側面があるけれど、本作も確かにその範疇に入れてもいいだろう。本作では体制に抗うも倒れていくデリンジャー一味は「俺たちに明日はない」を想起させる(ボニーとクライド。本作にも名前が出てくる)。そして、頭をよぎったのは、彼らが大恐慌時代におけるヤンガー兄弟、コール兄弟であるかも知れないという点。後年、ウォルター・ヒルが「ロング・ライダーズ」(79年)で扱ったのと同様に、家族や「仕事」仲間との安らぎ・結束・時代との折り合いがある。実際とてもよく似た場面が頻出する。もちろん本作が先であるが。「ロング・ライダーズ」の背景には南北戦争があったが、本作の背景には大恐慌がある。本作はいわばNew American Cinema時代に作られた西部劇の亜種とも言える。つまり挽歌だ。

30年代は国家にまたがる「捜査権力」FBI(1933年にはBOIだけれど)が力をつけ始めた時代(あのフーバーが長官になったのもこの頃)。しかしパーヴィス(ジョンソン)は同僚を殺されたことへの復讐、と映画の中で言う(それだけでなく、当時義賊と呼ばれ一部で英雄視されたデリンジャーとの「人気取り」争い、面子、組織内ののし上がり、みたいな側面もあったように描かれている)。ミリアスはデリンジャーたちにシンパシーを寄せている。しかし主要人物たちのその後を紹介する最後のテロップにダメ押しで胸が熱くなる。そ。そんな・・。そうかパーヴィスは・・。

デリンジャーに扮するオーツは、あの70年代に映画ファンになった者には忘れられない役者で、本作は(「ガルシアの首」には敵わないが)本作はもうひとつの彼の代表作として永遠に語られるだろう。他方で、映画も彼の語りとなっているFBIパーヴィスに扮するベン・ジョンソンが同じくらい最高なのだから堪らない。この2人の体臭が凄い。

ジョンソンはオーツに輪をかけた存在感で最高。一味を一人倒す度に葉巻に火をつける。情け容赦ないながら、フロイトが最後に言うように「あんたに倒されてよかった」と言われるような好敵手だった。「ワイルド・バンチ」「ゲッタウェイ」「続・激突/カージャック」そして「ラスト・ショー」がある。個人的にはアルドリッチの「ハッスル」の彼が大好きだ。

ときおり挟まれる和やかで光溢れる、ビリー(ママス&パパスのミッシェル・フィリップス。派手さはないが凛とした美しさ。「Run,Johny, run!」と銃をぶっ放すシーンには痺れた。私生活はかなり波乱万丈だったようだけど)との淡いひとときは、やはり「ガルシアの首」のイセラ・ヴェガとのシーンを思い出す。ほぼ全編中西部の田舎を切り取った、ジュールス・ブレンナーの光繊細なのカメラも良い。
なお、助演男優陣のH・D・スタントン、R・ドレイファス、ジェフリー・ルイス、スティーヴ・カナリーらが生々しくて素晴らしい。いくつも胸に迫るシーン(特に夜明けの襲撃シーンは最高)がある、男騒ぎの映画であり、変わりゆく時代へのバラード。ミリアスの華々しくも血なまぐさいデビュー作。

★オリジナルデータ:
Dillinger, US, 1973, 製作・配給AIP, 107min. カラー、オリジナル・アスペクト比(もちろん劇場上映時比のこと)1.85:1 Super 16, Mono、ネガ16mm, ポジ35mmブローアップ
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