螢

虎の尾を踏む男達の螢のレビュー・感想・評価

虎の尾を踏む男達(1945年製作の映画)
3.8
平家滅亡後、英雄から一転、兄・源頼朝の命で追われる身となった義経一行の逃亡の一幕を、歌舞伎の演目として名高い「勧進帳」を基礎に、極めてシンプルな枠組みなのに、いかにも黒澤明監督らしい、一ひねりのユーモアと、緊張感ある演出で描いた良作。

ストーリー展開自体は、勧進帳に忠実です。
頼朝の命で追われて奥州へ逃げようとする義経主従七人。
義経は強力(今でいう山の案内人)、弁慶を始め家来六人は、東大寺再建の為の寄進集め(勧進)を仰せつかった山伏に扮して、安宅の関所を越えようとします。

しかし、義経一行が山伏に扮して逃げているとの情報はすでに伝わっており、関守の富樫は、変装した義経一行の正体を暴こうと、難解な質問をいくつもする。
山伏に扮した弁慶は、堂々と淀みなくその質問に答え続け、そして、白紙の偽勧進帳を、空で堂々と読み上げ…。

弁慶と富樫の、視線と言葉による両者一歩も譲らない応酬は、緊張感に満ちた厳しい美しさに溢れていて、これぞ、黒澤映画の醍醐味といった感じ。
黒澤監督は、刀を用いた躍動感ある対決シーンのない、このような動きのないシーンだけでも、これほど緊迫感ある見事な映像を撮れたのかと惚れ惚れしてしまいました。

軽口のせいで弁慶達に凄まれ、義経に衣装を貸す羽目になり、うっかり付いていった関所ではオタオタ・オロオロする、本家の勧進帳には登場しない架空のキャラクター「強力」を設けて、死ぬか生きるかの瀬戸際の舞台の中に、クスクス笑ってしまうコミカルさを埋め込んでいるメリハリ技法も、いかにも黒澤監督らしい。

この、巻き込まれる「強力」の表情やしぐさが、またなんとも絶妙です。あまりに見事なので、調べてみたら、なんでも、当時人気絶頂の喜劇スターで、榎本健一さんという方だそう。
外国でいうチャップリンとか、現代の日本なら、志村けんさんみたいな感じだったのかもしれません。

ラストの弁慶の、うって変わった滑稽な姿も実にご愛嬌。
これも、本家の勧進帳とは異なる展開ですが、「緊張しっぱなしの大仕事を終えた後だもん、そうなるよね!」と手を叩きたくなってしまいました。

にしても、敵方だけど、関守の富樫も、義を知る素敵な人です。

一時間にも満たない短い作品ですし、第二次世界大戦最中に撮られたことで予算がなかったのもあり(1945年9月完成)、後年の黒澤作品と比べたら実にこじんまりとした作品ですが、充分に黒澤手法による魅力が詰まった良作でした。
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