1. 静かなるスパイ戦:契約書の一行が引き起こすサスペンス
映画の緊迫感を支えているのは、鉄のカーテンの向こう側で繰り広げられる重厚なサスペンスです。
モスクワに足を踏み入れた主人公ヘンク・ロジャースを待ち受けていたのは、異国での孤独な戦いでした。到着するやいなや尋問室へ連行され、ソ連の国家機関ELORG(外国貿易協会)やKGBの陰謀が渦巻く中、何時間にも及ぶ詰問に晒されます。
劇中ではクライマックスに派手なカーチェイスが用意されていますが、現実の彼らが直面した「最大のサスペンス」は、複雑極まるライセンス契約書の一行一行をめぐる知的な格闘でした。
「ハンドヘルド(携帯型)の定義とは何か?」
「この署名一つで全財産を失うか、投獄されるか」
一歩間違えれば命すらないという逃げ場のない緊張感が、観客の胃をギリギリと締め付けます。
2. 資本主義の熱量と冷戦ギャップがむき出しにするコメディ要素
一方で、この重苦しいサスペンスを重厚になりすぎないエンタメに仕立て上げているのが、絶妙なコメディラインです。
その牽引役となるのが、ゲームへの情熱だけで共産主義の総本山へ突撃していくヘンク・ロジャースのポジティブすぎるキャラクター。資本主義の熱狂をそのまま持ち込んだような彼と、厳格で灰色なソ連の役人たちとの温度差は、それ自体が上質なコメディとして機能しています。
さらに、歴史の裏で交わされた任天堂・山内溥社長との伝説的なディールも印象的です。
山内社長: 「開発にいくら必要なのですか?」ヘンク: 「3000万円です」(当時考えうる最大値の提示)山内社長: 「ディール(決定だ)!」
多忙を極める山内社長に食い込んだ最大の武器が、意外にも「共通の趣味である囲碁」だったというエピソードも含め、男たちの豪快なやり取りには思わずクスリとさせられます。
3. 映画的グラフィックと音楽が果たす「緩衝材」の役割
本作の演出で特に素晴らしいのは、ファミコン風の8ビットグラフィックやピクセルアートを用いた演出です。
場面転換や登場人物の紹介にゲーム画面のような演出が入ることで、KGBの脅威という重いテーマを扱いながらも、「これはポップカルチャーの物語なのだ」という軽快さを提示してくれます。
また、劇中歌の使い方も絶妙です。暗く冷たいモスクワの街並みの裏で、Europeの『The Final Countdown』やロシア民謡『コロベイニキ』が流れるシーンは、崩壊直前のソ連で自由を夢見る若者たちのエネルギーと重なり、ポップな爽快感を生み出しています。
ブロックがカチッとはまるようなカタルシス
映画『テトリス』は、過剰なKGBの悪役描写やカーチェイスといった「大げさな脚色」を含んでいます。しかし、そうしたハリウッド的なエンタメ要素(コメディ)と、冷戦下のリアルな恐怖(サスペンス)が絶妙に入り混じることで、観客を最後まで飽きさせません。
そして何より、そのカオスな展開の根底にあるのは、開発者アレクセイ・パジトノフとヘンク・ロジャースの「国境を超えた純粋な友情」です。
ガチガチの政治的思惑と巨大な金が蠢く中で、二人がゲームへの愛で結ばれていく姿は、バラバラだったテトリミノが最後にキレイにはまって消えていくような、最高の爽快感を与えてくれます。
次にテトリスをプレイするとき、あの4マスのブロックの向こう側にあった「情熱とスリル」に、きっと誰もが思いを馳せるはずです。