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めくらやなぎと眠る女のヒライのレビュー・感想・評価

めくらやなぎと眠る女(2022年製作の映画)
4.1
鑑賞した後の時間が経つにつれこの作品はより深みを増す気がする。村上春樹の世界にすぐに没入できるような作画の仕上がりで個人的にはかなり好きだった。

もちろん日本語ではない言語を母国語とする監督が村上春樹の繊細な描写を表現するわけだから、その言語から生まれる少しのズレがむしろ興味深かった。全てを描ききるのではなく、村上春樹へのリスペクトを含んだ上で監督が見えてる世界をアニメーションで描く。原作を日本語で読み、日本人がアニメーションという媒体を介して描くとなると少し諄くなるような気もする。そこの塩梅はとても心地よかった。
フランス人から見えている日本の描き方も「寿司、ラーメン、Kimono!」のような軽率ジャンキーな捉え方ではなく、少しの誇張はあるものの全く痛々しくない。その背景にはすごく日本のことを勉強した痕跡が見えた気がした。

6つの短編がどうやって混じり合うのか楽しみにしていたが、ストーリーの一貫性を保ちつつ上手くまとまっていた。それはもちろん監督の力量であるが、村上春樹の描く世界のブレなさに改めて気付かされた。

監督はあるインタビューで、村上春樹と私自身の両方の色を100%色濃く反映してできた子供のような作品と言っていて、とても納得できた。

国内で公開される邦画などはすぐには観れないけれど、こういう貴重な作品を母国語ではない他言語で早く観れるというのはかなり贅沢だと改めて思った。

僕が20歳の誕生日に604号室に行っていたならば、何をお願いしていただろうかなどを考えながら真っ暗な川辺の道を自転車で帰った。
映画を観ている時は少しも眠気を感じなかったが、家に着いた途端に現実に戻った気がして瞼が一気に重くなった。服も着替えずベッドに飛び込み、充電が切れてしまったスマートフォンになんとかケーブルを差し込んだ。作中の憂鬱な浮遊感が心地良く僕にのしかかり、意識は下に沈んでいった。ふと目を開けると外は明るく朝を迎えていた。
ヒライ

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