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ぼくたちの哲学教室のKKMXのレビュー・感想・評価

ぼくたちの哲学教室(2021年製作の映画)
3.7
 なかなか良質なドキュメンタリーでしたが、納得しつつも新鮮な驚きは無かったです。

 北アイルランドのベルファストにあるホーリークロス小学校は校長のケビンさんの元で、思索を深めるカリキュラムが実施されています。対人関係や社会的な課題について大人が答えを教えず、子どもたちが自分たちなりに考えて、語り合うというものです。トラブルが起きた時も、先生がきちっと子どもに向かい合って、一緒に課題を考えていきます。
 この地は長年カトリックとプロテスタントの抗争が激しく、どうやら現在も治安は良くない様子。小学生にドラッグを売る輩もいるし、若くして自殺や薬、アルコールで命を落とす人も多い地域です。
 校長はこの負の連鎖を断ち切るには、個人が思索を深めて、自分なりに答えに辿り着くことが重要と考えております。校長自身も暴力や衝動の問題でドン底まで落ちた経験があり、この答えに行き着いたようです。


 実際、とても真っ当なことをやっているな、という印象です。この小学校の大人は、課題について「〜してはいけない」と一方的に押し付けるのではなく、「なぜなのか?」と問いかけることがデフォルトです。これはソクラテス式質問法と言って、考えを深めるやり方です。実際に小さい頃からこの習慣があると、身の回りの課題をキャッチした時に言語化して深めることができます。とにかく、言語化スキルを身につけられるのは良い。これがあると、何が起きているかを意識でキャッチできるため、今後いろいろと生きやすくなるでしょう。
 はっきり言って、そのうちこのようなスタイルが教育のワールドスタンダードになるでしょうね。理に適っているので。なので、ホーリークロス校はちょっと進んでいる学校という印象でしかないです。
 ただ、これが単にシステム的に適応されるだけであればあんまり効果はないでしょう。結局、教育なので「暴力は良くない」とか結論ありきなので、聡い子どもは思索を深めるフリをしていい事っぽいこと言っておしまいになることが考えられます。また、『WANDA』のワンダみたいな子は絶対ついていけないので、個別サポートは不可避でしょうね。

 本作で一番良かったのは、ソクラテス的質問法のスタイルというよりも、校長やスタッフがガチで子どもと向かい合う姿勢でした。それこそが一番価値があるのです。逆に言えば、本気で子どもと向かい合う場合、押し付けスタイルよりもソクラテススタイルの方が子どもの尊厳を尊重するため、自然とこの方略になるのかもしれません。
 子どもは目の前の大人がマジか否かを瞬時に見抜くので、校長やスタッフがガチで向かってきていることを感じているはずです。時間をかけて一緒にホワイトボードでマインドマップを作りながら、子どもの主体性を重んじて思索を深めていく大人に対してなら、子どもは信用するでしょう。結局、その点に一番グッと来ました。

 ケビン校長はめちゃくちゃ筋トレしていて、自己啓発的な金言を学校のあちこちに貼っつけていました。そうまでしないと、この暴力的な環境下では自分を保つのが難しいのかもしれませんね。なんとなく、ヘンリー・ロリンズを連想しました。
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