映画によって掬われる愛。
本作は、映画監督デビューを目前に控えた折村花子(松岡茉優)が、自身の企画をプロデューサーに奪われてしまったことをきっかけに音信不通だった家族に連絡を取り、不思議な男、舘正夫(窪田正孝)に協力してもらいながら、自主映画を撮ろうとするお話です。
結論から申し上げると、『パスト ライブス/再会』と同様に、個人的な映画としてとても大事にしたい1本になりました。
本作は脚本が軽快にドライブしていくため、いい意味でも悪い意味でも掴みどころがなく、余白が多くなっている印象がありました。
観客が映画の中に散りばめられた情報を整理し解釈していくことで、多層的な面白さを理解する作りだったと思います。
芸術業界の闇を暴いていくような前半部は、私も作品を作る身、創作者として共感度の高い内容となっていました。
助監督の意味の重要視や若さの指摘は鼻につきますし、プロデューサーの保身や出世に魂を売った、表面上の優しさや行動にも苛立ちを覚えました。
あり得ないことが起こるか否かという論争が、助監督である荒川(三浦貴大)との間で行われる訳ですが、そこで興味深く立ち上がってくるのがあらすじでも触れた正夫の存在です。
正夫はバーでの花子の問いかけに対して、荒川に反しあり得ないことは起こると断言します。
正夫の初登場は、飛び降り自殺をしようとする男性を見ようと野次馬が集まっていた場面でした。異様な盛り上がりを見せる人だかりには目もくれず、小さなガーゼマスクを着けた正夫が赤い自転車で通りかかったのです。花子は正夫に気付き、目で追いかけていました。
それから、正夫は路上でマスクもせずに酒を飲む男性たちと少年との喧嘩の仲裁に入り、何故か殴られてガーゼマスクが血で染まることになってしまいました。その様子も、花子は目撃していました。
そうして、前述したバーでのやり取りが展開されるのです。
言葉にすればわかるように正夫もどこか変わった存在であり、フィクショナルな、あり得ない寄りの人物造形となっています。
あり得ないを描けることが映画的な面白さの1つであり、彼と出会ったことで、彼から求められることで、断絶されていた家族との絆を回復し、やがて愛を自覚できるようになるのです。
1本の映画としては不格好かもしれませんが、私にとっては愛おしいという、その一言に尽きました。
総じて、映画というフィクションを信じた、愛すべき作品でした!