わあ

アポカリプトのわあのレビュー・感想・評価

アポカリプト(2006年製作の映画)
4.0
映画の背景や監督について、知っておいた方が楽しめたり、知らない方がよかったり、色々あると思うけど、この映画に関しては前者。(ちなみに同監督のハヌソーリッジは後者)

と、いうのも、このメルギブソン監督と言う奴は呑んだくれ、差別発言、DVなどどうしようもなくて、なさすぎて、出世作マッドマックスを降ろされたり、干されまくってた人。

監督作は暴力描写が多いけど、私生活でもDVしてるし、、、『ハクソーリッジ』の暴力描写は、戦争の悲惨さとかそう言ったテーマを感じる前に、監督のそういった私生活に思いを馳せてしまう訳ですね。

しかしこの『アポカリプト』は、ぜひ背景を知ってほしい、じゃないとクソ映画になりかねないと思うのでここに書きます。

監督はロクデナシという一面の他に、カトリック原理主義者っていう面もあるのね。
原理主義者ってことは他の宗教を認めないってことなんだけど、このことを知ると、アポカリプトの不自然な点が明らかになる。

まず、謎の時系列。
マヤ文明って、侵略者がくる前、とっくの昔に滅んでるわけで、映画が示唆するように、スペイン人によって滅ぼされたわけじゃない。完全なる創作。
なぜ無理やりスペイン人を出したかというと、監督はキリスト教を映画に登場させたかったから。スペイン人、現実の実態は侵略者なんたけど、映画だと十字架を掲げて、正義のヒーローみたいな登場の仕方をすることに気付く。これは、メルギブソンがカトリック原理主義者だからなんですね。

次に、マヤ文明の扱い方。映画をみてると、マヤ文明とは?みたいな気持ちになる。映画の祭壇のシーンなんかは、神への信仰というよりは、弥生時代の人々が神を統治に利用したのと同じような感覚に陥る。また、小人の役者さんや、太った王子的なガキンチョのように、何だか気味の悪い感じになっちゃってる。この適当さも、メルギブソンがカトリック原理主義者ということで、説明がつくかなと思う。

つまりはこの映画って、メルギブソンの宗教観が詰まった、ぶっちゃけありえない作品だと思う。エンターテイメントとしては完璧な作品だと思うけど、マヤ文明に対する侮辱と言っていいほど酷い作品まと思う。

1番やっちゃまずかったのが、神のすり替え問題。
マヤ文明の神をないがしろにして、最後にスペイン人のカトリックという神にすり替えちゃってる。
あんなにかっこよく逃走劇をしていたジャガーが台無しだよ!


何も考えず、エンタメとして楽しむのが1番平和かな!結論。

メルギブソンって天才なんだよな。性格には非常に難ありだけど。産まれる時代が現代で良かった。プロパガンダ映画を作らせたら世界を変えてしまうほどの力があると思ったぜ。
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