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インビクタス/負けざる者たちのodyssのレビュー・感想・評価

4.5
【ナショナリズム形成の物語】

この映画は新興国家がナショナリズムをいかに形成していくかという物語です。現代社会にあってはスポーツこそがその道具になるのだという結論になっています。

ナショナリズムという言葉は日本では長らく評判が悪かった。右翼だとか国粋派の代名詞みたいに扱われてきました。

だけど、よく考えれば「ナショナリズム=右翼」という連想は変。なぜってナショナリズムはフランス革命に起源があるわけで、つまり左翼こそがナショナリズムを生みだした本家だったからです。「ナショナリズム=左翼」が正しい連想なんです。

歴史のおさらいをすると、フランスは革命を起こしたために周囲の国々から干渉戦争を起こされました。それまではヨーロッパでの戦争といったら、専門的な軍人か傭兵を集めてやるものと相場が決まっていたわけです。国民だから兵役にという発想はなかったのです。だけど、周辺の国々から干渉されそうになったフランス人は「自分の国は国民全員が守らなければ」と考えて普通の市民が兵隊として祖国防衛にあたりました。「自分の国は自分で守る」というと、戦後日本の平和ボケの雰囲気の中では右翼扱いされかねないけど、フランス人からすれば革命によって王様をひきずりおろし国民主権を確定した以上、主権者、つまり普通の国民が自分の国を守るのは当然至極だったのです。

ちなみに日本でも戦後いきなり平和ボケになったわけではなく、「祖国」という言葉を左翼が忌避するようになったのは比較的近年のことです。私が学生だった頃、というのは70年代前半ですが、当時はまだインテリに権威を持っていた日本共産党の学生組織が発行していた新聞のタイトルは「祖国と学問のために」でした。共産党も堂々と「祖国」という言葉を使っていたのです。

閑話休題。
この映画は、黒人差別を排して新たにスタートした南アフリカがいかに国民を一体化したかというお話です。反アパルトヘイトの闘士で長らく牢獄につながれていたマンデラ大統領は、一転して白人が作ったラグビー・チームの名称を温存し、世界選手権で自国チームが健闘することで国民の一体感を作り出そうとします。マンデラが、単に反差別の闘士として有能だっただけでなく、政治家としてすぐれていたことがよく分かります。

というのは、アフリカの諸国は単に植民地状態を脱して独立したり、白人の優位を解消したりしただけでは決して順調にはいかないからです。いい例がルワンダ虐殺でしょう。この事件からは『ホテル・ルワンダ』『ルワンダの涙』という傑作映画2本が生まれていますから詳述はしませんが、要するに民族間の反目を保持していたのでは、国家運営はうまくいかないのです。「俺たちは同じ国の同じ国民なんだから、平等であり、兄弟みたいなものなんだ」という意識を浸透させないと、近代的な国家は生まれない。こうした意識こそがつまりはナショナリズムなのであって、ナショナリズムなくして国の近代化はできません。マンデラはそのことを実によく分かっていた。

そして、白人と黒人の反目だとか、細かい民族間の対立(ルワンダ虐殺もそこから起こった)だとかを解消して一体感を生み出すには、一つにはカリスマ的な指導者が必要であり、もう一つには国民がみな誇りに思える何事かを生み出す必要があった。マンデラはその「何事か」にスポーツを選び、見事に成功したわけです。

なお、マンデラに関しては『マンデラの名もなき看守』という、これまた優れた映画がありますので、マンデラに興味を持った方はご覧になることをお薦めします。
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