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インビクタス/負けざる者たちのyukiのレビュー・感想・評価

5.0
27年投獄された政治犯から、南アフリカ共和国初の黒人大統領になったネルソン・マンデラと、1995年自国開催W杯で初優勝したラグビーチームの、実話ベースの作品。

やっと観れた。

道路を挟んで、片方の整備されたグラウンドで白人の青年がラグビーの練習をする一方、もう片方の土のグラウンド(?)では黒人の子供たちが裸足で(!)サッカーをしている。
英国発祥のラグビーは白人文化そのものであり、黒人選手が1人しかいない南アフリカ代表のラグビーチーム「スプリングボクス(愛称ボカ)」はアパルトヘイトの象徴とされていた。
スポーツがアパルトヘイト(人種隔離政策)の象徴になることがショックだった。
黒人の子供がボカのユニフォームを配給されることに失望し受け取らずに走り去る姿。それを不思議な目で見るボカの主将フランソワの母親。
物理的にも心理的にも徹底した断絶が冒頭から描かれていく。
この途方もない溝をどうやったら埋められるというのか。

インビクタスとはラテン語の「屈服しない」「征服されない」の意であり、ある詩のタイトルでもある。

I am the master of my fate,I am the captain of my soul.
「我が運命を決めるのは我なり、我が魂を制するのは我なり」
英国の詩人ウィリアム・アーネスト・ヘンリーの詩。
ヘンリーは幼少期に骨結核にかかり、十代で片足を切断。この詩は不運にみまわれたわが身の魂の救済をもとめて書いたもの。どんな運命にも負けない不屈の精神を詠っている。
この詩が“マディバ”ネルソン・マンデラを支え、ひらめきを与え、「赦し」を伝えていく。

大統領就任初日の白人職員へのスピーチ
「今朝、執務室に入る前、空席が多いことに目が留まった。箱詰めされた荷物にも。勿論、辞めることは皆さんの自由だ。
だが荷造りをする理由が言語や肌の色の違い、前政権の職員だからクビだと思うなら、そのような恐れは必要ないと言おう。過去は過去だ。我々は未来を目指す。
みなさんの力が必要だ。協力してほしい。
残ってくれる者は祖国に多大な貢献をすることになるだろう。私が望むのは全力を尽くし、真心を込めて仕事をすることだ。
我々が努力すればこの国は世界を導く光となるだろう」

スポーツ評議会での黒人職員へのスピーチ
「アフリカーナー(ヨーロッパ系白人)はもはや敵ではない。彼らは我々と同じ南アフリカ人だ。民主主義における我々のパートナーだ。彼らにはスプリングボクスのラグビーは“宝物”。それを取り上げれば彼らの支持は得られず、我々は恐ろしい存在だという証明になってしまう。もっと大らかに彼らを驚かすのだ。憐れみ深さと、奥ゆかしさと、寛大な心で。それらは我々に対し、彼らが拒んだものばかり。だが今は卑屈な復讐を果たすときではない。我々の国家を築く時なのだ」

これが「ひとつのチーム、ひとつの祖国」へと繋がっていく。

決勝戦を前にして、フランソワが考えていたことは試合のことではなく、マンデラのことだ。
「考えていたんだ。30年も狭い監獄に入れられ、それでも人を赦せる心を」

強豪NZのチーム、オールブラックスとの決勝戦当日。
通りから人は消え、黒人も白人もテレビに釘付け。
試合は延長戦にもつれこみ、必死のスクラムで死守したボカの優勝!
ラグビーのルールに疎いマディバ警護班の黒人の一人が、優勝が決まった直後に「俺たちが(優勝したのか)?」
黒人も白人も関係なく、南アの全ての人を指している「俺たち」。

変化する南アの中で唯一(?)変わらないように見えたTVのキャスターが、勝利はスタジアムの観客のおかげですかとマイクを向けたときのフランソワの答えは
「南アフリカ国民4300万人の応援のおかげです」だった。
ラグビー🏉で結束した🇿🇦「虹の国」が見えた。
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