垂直落下式サミング

剣の垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

(1964年製作の映画)
5.0
強さ、正義、質実、誇り、純粋、孤高といったように、抽象化された言葉の美しさと、反時代的としか思えないエモーションによって構築された三島由紀夫の世界を文章から映像に翻訳すると、ただひたすらに滑稽で青臭い主張になりがちだ。悪い例が、原作が描いた思想を相対化し否定した市川崑の『炎上』である。
しかし、本作は、三島の誇大妄想の異常な世界を、疑いもなく真っ当に描いている。最初から狂っている。疑いようもなく狂っているのである。だからこそ熱いのだ。
大学剣道部主将の市川雷蔵は、ひたすら剣道に打ち込み、監督や部員の信頼も厚い青年だ。最初はその熱の入れ込みようについてこれない者も現れるが、彼の熱気にあてられた部員たちは、次第に猛練習についていくだけの根性がついていく。雷蔵も、自らの指導方法が実を結びだした手応えを感じていた。
しかし、合宿中に事件が起きる。他の部員たちは、真面目すぎる主将を残して近くの海水浴場に遊びに行ってしまうのだ。
その事実を知った雷蔵は、皆を導く立場でありながら、長としてのリーダーシップが足りなかったと、己の貫こうとした理想を実現できなかったことを恥じて、それを皆に詫びるために死を選ぶのである。大学生がクラブ活動で嫌な思いをしたからといって死ぬだろうか。まさに、後に腐敗した国家体制を覆そうと、自衛隊にクーデターを仕掛け決起を促したが失敗し、駐屯地内で割腹自殺をした三島由紀夫の生き方そのものではないか。
三島本人も、自身の小説の映画化作品のなかでは、この映画がお気に入りだと語っている。
作家にとって作品の理想的な映像化とは、自分の世界観を守って、これを正しく理解し正確に置き換えてくれることなんだろう。