Rin

平行世界のRinのレビュー・感想・評価

平行世界(2022年製作の映画)
-
成長することは鈍感になることかもしれない──アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム障害)を抱える娘の12年間を撮影したドキュメンタリー。エロディは感情のコントロールがうまくできず、思ったように人間関係を築くことができない。溢れ出す感情はクリエイティヴな才能としても噴出し、彼女の描いた絵とアニメーションは個展を開くことができるほどだ。エロディは台湾から父のいるフランスに渡り学校に通う。人間関係に悩み、時に泣きじゃくりながら母とビデオ通話をするエロディ。社会に出る時が近づき、パティシエになるために父に連れられて実習先を探し歩くが、エロディは挨拶を返すこともままならず、なかなか受け入れ先を見つけられない。

成長するってなんだろう。それは鈍感になることと表裏一体だったんじゃないか。エロディを見ていてそんなことを思う。エロディは意思決定の結論を出すことができない。パティシエとして働くか否かについて父と話す一幕がある。父は、この社会で生きるためには技能を身につけて働き雇用主から賃金を払ってもらう必要があることを穏やかな口調で説明する。エロディはそんなこと自分では決められないと言う。どうしたらいいかわからないもがきが涙となってこぼれ落ちる。

どの大学に行くか、どこに就職するか、何をライフワークにするか、誰とどうやって関わるか、大人になっていくにつれて自分の人生を自分で決定する比率は当然のように大きくなってきたけど、その判断材料が全て出揃っていたことなんて一度たりともなく、そのことに疑問を持つこともなかった。きっと自然に鈍感になってきたのだ。社会がよくわからない仕組みとよくわからない他人とよくわからない自分で動いていることを自然に受け入れてきたのだ。「他」とのかかわりに悪戦苦闘するエロディは私よりもよっぽど開かれていて、私の方がよっぽど閉じていた。

本作はK'sシネマで上映中の山形国際ドキュメンタリー映画祭復刻上映特集の1編。台湾映画という理由だけで鑑賞を決めたけど、3時間の上映時間も決して苦にならない胸を打たれるドキュメンタリー映画だった。
Rin

Rin