東京キネマ

不意打ちの東京キネマのレビュー・感想・評価

不意打ち(1964年製作の映画)
4.0
原題は『Lady in a cage』。この「cage」のニュアンスは「鳥かご」ではなく、実は「檻」だったんじゃないか、という謎かけ。邦題の『不意打ち』も主人公が「打たれる」んだろうなあ、という連想ゲームでこっちも面白い。この映画、カルト映画として結構有名な映画なのだけれど、アメリカで公開した時は猛烈に批判されたらしい。理由は簡単で、すべてが不快だからだね。

※以下、ネタバレを含みます。










事件は突然やってくる。(トップクレジットから、ポール・グラスの近代音楽とリー・ガームスのシャープな映像、それにアブストラクトなタイポが乱暴に編集されていて、とんでもなく格好いい!)
結線不良で自家製電動エレベーターが止まり、腰を痛めている女主人(オリビア・デ・ハビランド)がそこに閉じ込められてしまう。しかし、ここ(ウェスト・ハリウッドだっけ?)では、人が助けを求めても、誰も気づいてさえくれない。浮浪者、元娼婦、町のチンピラは、ケージに閉じ込められた中年女性を横目で見ながら邸宅から盗み邦題。おまけにこのチンピラ、ルサンチマン丸出しで日頃の鬱憤ばらしにこの女主人を虐め抜く。最後には女主人を殺そうとするも失敗して、車で轢き殺されてしまうというストーリーだ。

本来なら、こういう設定であれば女主人公は「Lady」の筈なのだが、息子を溺愛し過ぎて精神的に追い詰めてしまい、この事件の当日の朝、旅行と称して息子は死に場所を探しに出奔してしまったという設定。このLadyは、そんなことも気づかない「化け物」で、因果応報で仕方ないと、もうまるでサディズム祭りみたいな展開。これね、ちょっとね、救いようがないくらい息苦しい。

金を払ってまで気分を悪くさせるな、ってのはもうアメリカ人にとっては人生哲学みたいなもんだから、ハリウッドではハッピーエンドがフォーマット化されてしまった訳だが、サスペンスやスリラーの方法論としては、やり過ぎて初めて解るということも多い訳で、つまりこういう冒険があるからこそ新しい表現も出てくる。

やはり公開年の1964年というのがポイントで、この時代、ハリウッドは観客をテレビに取られて興行は絶不調。片や役者陣は1950年代からのスタニラフスキー・システム・メソッドの流行で、どんな芝居をしても表情は変えないし、喋ればボソボソ言って何喋ってんだか全然分からない。それにもまして、ヘイズ・コードで表現もガンガン縛られて、製作者にとってはニッチもサッチも行かない状況だった訳ですね。で、その反動で進化したのが「顔芸」ですよ。良くあるでしょ、お話しが怖いんじゃなくて、あんたの顔が怖いんだよ、というヤツ。あれだね。

実はこの映画、最初のオファーはオリビア・デ・ハビランドではなく、ジョン・クロフォードだったらしいんだが、『何がジェーンに起こったか?』(1962年)の大ヒット直後のオファーで、イメージの固定化を恐れて断ったということらしいんだね。やっぱり、そこを狙ってた訳さ。しかし、『何がジェーンに・・・』はジョン・クロフォードも凄かったけど、何しろベティ・デイヴィスが強烈過ぎて、この人の顔以外は何の記憶も残らないっていう凄い映画だったし(笑)、ちょっと前で言えば、『サンセット大通り』(1950年)のグロリア・スワンソンもそうだし、まあ、この映画のオリヴィア・デ・ハビランドにしてもそうなんだが、もうこれは立派な「顔芸」というジャンルでね。往年の大女優がオバさんになるとこういった「おっかねえ」顔してサスペンス・スリラーをやるというのが、この時代流行ったんですね。

結局、こういった桎梏から解放されるのは1968年のヘイズ・コード終了からで、『俺たちに明日はない』(1967年)(書いててビックリしたんだけど、この映画、ヘイズ・コード廃止の前年公開なんだね)、『ワイルドバンチ』(1968年)といったアメリカン・ニューシネマや、サスペンス・スリラーから発展した『エクソシスト』(1973年)のようなオカルトや、『悪魔のいけにえ』(1974年)のようなスプラッターへと進化するんだね。

こう俯瞰すると、凄いイノベーションだなあと感心するね。その時、日本は何をやってたんだってか? ポルノとヤクザで糊口を凌いでましたとさ。う~ん、なんだかなあ・・・。