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ヒットマンのrinのレビュー・感想・評価

ヒットマン(2023年製作の映画)
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“演じること”の多重化という形式──リチャード・リンクレイター最新作。グレン・パウエルが共同脚本と主演を務めている。大学でフロイトやユングを教えるかたわら警察官として盗聴解析をやってるゲイリーは、休職した同僚の代打で依頼殺人のおとり捜査を担当するようになる。殺し屋を装って依頼人から殺意の証言を引き出すおとり捜査はプロファイル分析が好きなゲイリーにぴったりで、すぐに成果を挙げるようになる。そんな中、殺人の依頼人のひとりマディソンに惚れられてまんざらでもないゲイリーはこっそり彼女と付き合ってしまう。

もう“演じること”のマトリョーシカがすごいじゃん。警察官というペルソナを演じる中でおとり捜査のために殺し屋を演じる中でマディソンの前では殺し屋を演じ続けながら同僚の前では彼女と特別な関係は無いように装う二刀流を発動する。さらにはマディソンとアツアツの客室乗務員プレイという演技内演技内演技内演技も楽しんじゃうという手のこみよう。そして当然のことながらそもそも俳優グレン・パウエルがそれら全てを演じているという。

しかしソーホワットな感じはあって。もともとリチャード・リンクレイターは演じることやその虚構性に関心の強い作家な気はしていて、それこそ『6歳のぼくが大人になるまで』やビフォア3部作ではそれぞれ特定の形式を持ち込んで、映画という芸術が本質的に備えている虚構性に挑戦をしかけていた。そのくせ策士策に溺れないのがリンクレイターの特別なとこで、世界を本当に驚かせたのは別にマジで12年撮ってるとかいう形式じゃなくて、その中身に満ちていた深層心理にぶっ刺さる鋭いあるあるたちだったと思うんだよ。今回の『ヒットマン』は形式の遊びだけが前面に出てた印象。ゲイリーが重ね着してたペルソナを一気に脱いでくときの投げやりな感じとか、倫理的に疑問符をつけたくなるラストとか、毒っ気の部分は好きだったけどね。

リンクレイター全作観れてるわけじゃないけど、『ビフォア・ミッドナイト』が彼の最高到達点に思えてならない。あれは恐ろしいほど。初期作の『スラッカー』を観たいんだけど、日本で未ソフト化なんだよなー。
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