ひろゆき

恋恋風塵(れんれんふうじん)のひろゆきのレビュー・感想・評価

1.0
銀幕短評 (#203)

「戀戀風塵」
1987年、台湾。 1時間 50分。

総合評価 18点。

戀は、恋の繁体字で、日本では旧字。
「冬冬(トントン)の夏休み」(#194、98点)と同監督です。冬冬と異なり、こちらの映画のよさは、残念ながらわたしには さっぱり分からない。夜の屋外映画のシーンと 終盤の手紙のやり取りに、すこしだけ共感しました。
以上、

とするのも ちょっとさびしいので、また余計な おまけをつけます。
“手紙” についての小文です。

書いた文字には ちからが宿る
これが わたしのおもなメッセージです。


* * * * * *

エチュード(習作)

わたしの手紙はいつも
こんにちは、お元気ですか。
ではじまる。
静かにはじまり、静かにおわる。
たくさんのストックから、すこしずつ選ぶ。
便せん、封筒、うつくしい切手、インク、万年筆。
ことばを選ぶ、消印を選ぶ、すこしずつ順序よく。

するとそのことばたちはずいぶん遠くまでただしくとどく。

そうして文庫に仕舞われる。

* * * * * *

これは まえに書いた たとえば簡単なスケッチのような詩です。そこに あまり深い意味はない。
では もうすこし敷衍(ふえん)して、これを短かい物語りに肉付けをしてみましょう。
それはもちろんながら フィクション(架空のはなし)であるはずです。

* * * * * *

彼(仮に主役を男としましょう)は、ある女の子(あるいは 女のひと)を いつしか深く愛しています(愛と恋のちがいは 前に述べましたね)。

彼は その愛を何とかして、彼女に伝えたいと思います。それを隠しておくことが もうむずかしいからです。

電話で呼び出して、デートに誘おうか。音楽会や美術館にエスコートして、おいしい食事をごちそうしようか。

でも彼は思います。いや ちょっとちがうな。もっと違うやり方があるはずだ。ほかのひとのやり方の真似にならない何かが。

いろいろと迷ったすえに、彼は彼女に手紙を書き始めようと こころに決めます。ちょくちょく会うひとなのに、わざわざ遠まわりに手紙を書こうと。

手紙はとても簡単です。紙とペンと封筒と切手さえあればいいし(もちろん彼女の住所は分かっていないといけないけれど、メアドやLINEでつながっている必要はありません)、大むかしからの恋愛の常套手段です。いまでは かなりすたれていますが、彼自身が古風なのでしょう。

では つぎになにを書きましょうか。あなたが好きだ 愛している、なぜなら、と続けましょうか。いやいや ちがうな。そういうことは 会って顔を見て話すことばであって、もっと違うやり方があるはずだ。

彼は 考えたすえに、好きだ とか、愛している などとは いっさい書くまいと決めます。彼が定めたのは、彼女に手紙を書き始める つまり書き続けることなので、そのさまたげになりそうなことは 避けるのがよいだろうと考えたのです。そのために いくら時間がかかっても かまわないと。

悩んだすえに、けっきょく彼はなんでもないことを書こうと決めました。興味深いことや楽しいはなしを書き続けられるといいけれど、自分にはそれはできそうにない。でも、なんでもないことなら 続けられそうだ。

便せんに向かい、ひとまず そのときの自分の身のまわりのなんでもないことを書いて、切手をまっすぐに貼って投函しました。なにも飾らないことばで。でも、これが始まりだなと勇気をふるって。

すると、とうに届いて読んだころなのに 返信はなく(あたりまえですね、ただなんでもないことを書いただけですから)、彼女は会っても いままでどおりに にこにこ笑って話してくれます。ただ 送った手紙のことには なぜかまったく触れません。

ああ よかったと彼は安心し(まるでそれで愛が半分かなったかのように)、それからは しだいに手紙を書きだします。しょっちゅうだといけないな、それは不自然だから。ほとんど忘れたころに、さりげなく 自分の両目に映る世界を切り取って送ろう。さも その行為が、互いにとって当たり前のことのように。

彼女からの返信は あい変わらずありません。でも そのことは、彼にとって 何の苦でもありません。彼女はいつも変わらず にこにこと親しく付き合ってくれるからです。

話題の不足をおぎなうために、できるだけ 見ばえをよくしようと、しだいに 色どりのよいインク、上品な封筒や、めずらしい切手を集めるようになります。

旅行先では、見聞きしたことを 投宿したホテルの便せんに、いつもの読みにくい下手な字で、でもていねいに時間をかけて書き並べます。それが異国からのときは、その切手と消印は なおさら めずらしく扱われるようにと願います。

たとえそれが一方的であるにせよ、書いた文字には、電話や電子的な交信にはない あるいは口から語ることばにもない ちからが宿ると、彼は信じます。愛情を それとわかることばに乗せなくても、深い気持ちをしずかに伝えるやり方があると、彼は信じます。ただ、それはとても時間のかかる営為です。海の底に地層が重なるように。

そして年月のたった ある日、ようやく彼は彼女にうつくしい文庫(ぶんこ)を贈ろうと決心します。それは彼にとって 手紙以外の初めての 彼女への贈りものです。

華美であってはならない。できるだけシンプルなものがいい。あちこち探し訪ねて、思い描いた文庫をようやく見つけると、心底 彼はほっとします。

その質素な贈りものを受け取るとき、はたして彼女はどうほほ笑むでしょうか。そのことを考えるだけで、彼の背はあたたかな陽ざしにつつまれます。そして希望します。

「するとそのことばたちはずいぶん遠くまでただしくとどく。

そうして文庫に仕舞われる。」
ひろゆき

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