Inagaquilala

メイド・イン・ホンコン/香港製造 デジタル・リマスター版のInagaquilalaのレビュー・感想・評価

4.0
東京国際映画祭ワールド・フォーカスで観賞。1997年、返還直前の香港で、監督・脚本のフルーツ・チャンが、フィルムは期限切れのものを集め、役者は素人をキャスティングして、8万ドルという低予算でつくった作品。今回は20年ぶりに4Kデジタルで修復されたリマスター版での上映。このリマスター版は3月に開催された第41回香港国際映画祭で初披露されたもので、いち早く日本でもこの映画祭で観られることになった。

フルーツ・チャン監督のこの作品は、返還前の香港で暮らす少年少女たちを描いたものだが、そこで描かれる時代への閉塞感は、よく台湾のエドワード・ヤン監督の作品と比べられる。確かに、ざらついた質感の映像はそのまま主人公の不良少年の心情をそのまま映したものだし、そこで描かれる香港の下町の様子は彼の目には大きな壁のように立ちはだかる。返還という歴史の結節点を前にして、揺れ動く心情や風景が、この作品にはきっちり描かれている。前から観ることを願っていた作品だ。

物語はひとりの少女の飛び降り自殺から始まる。このシーンだけ色調が異なるので、最初は幻想シーンかと思ったのだが、このときに残された少女の遺書が、物語を最後まで織り込んで行く重要なアイテムとなる。主人公の少年チャウ(サム・リー)は、借金取りたての手伝いをして日々を送っていた。彼には少々知的障害をもった弟分のロンがいる。ロンとふたりで取りたてに行った先で、チャウは少女ペンと出会う。いじめにあったロンを迎えに行った病院で、チャウはペンと再会する。彼女に好意を抱いたチャウはその場でペンに交際を申し込む。チャウとロンとペンは、たまたまロンが拾った自殺した少女の2通の遺書をそれぞれの相手に届けるところから物語が動きだすが、少女ペンは命にかかわる病気におかされていたのだ。

主人公のチャウは、父親が愛人と逃げてしまい、母親と狭いアパートに暮らしている。彼らが暮らしている場所はあまり住むのに適したところではなく、寂れた感じと閉塞感が漂っている。これが返還前のホンコンかと思うほど、主人公のチャウを取り巻く環境は未来が閉ざされている。そして重病を抱えた少女ペン。歴史の表舞台にはけっして登場することのない悲劇が少年少女の交流を通して描かれる。ペンに自らの腎臓を提供して彼女を救おうとするチャウだが、彼らの前に用意されていたのは逃れようもない現実だった。物語の最後で、もう一度重要な役目を果たす自殺した少女の遺書が深く心に錘をおろす作品だった。
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