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ぼくが生きてる、ふたつの世界のFancyDressのレビュー・感想・評価

5.0
本作は、『そこのみにて光輝く』、『きみはいい子』などの作品を手掛けてきた、呉美保監督、9年ぶりの長編監督作品である。

原作は、コーダ(Children of Deaf Adults 耳がきこえない親から生まれた耳がきこえる子ども)の五十嵐大の自伝的エッセイ『ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと』(文庫化時のタイトルは、『ぼくが生きている、ふたつの世界』)。

脚本は、これまでに、『イサク』(公開タイトル『獣の交わり 天使とやる』)、『私の奴隷になりなさい』、『宮本から君へ』、『ゴールド・ボーイ』など数々の話題作を世に送り出してきた港岳彦(港さんには、生まれつき重度の知的障害を持った2歳年下の弟がいるということです。マイノリティの家庭に育った港さんだからこそ、書けた、傑作脚本でもあると思います。)。

呉美保監督作品を、私はこれまでに本作を含めて三本しか見ていないのだが、その中でも、本作は、群を抜く大傑作であると断言する。

本作のストーリーを少し記しておく。↓
ろう者の両親の元に生まれた聴者の子供、五十嵐大は、宮城県の塩竈という田舎で幼少期から青年期までを過ごす。その過程の中で、ろう者の母への反抗期なども経て、青年になった大は、ムラ社会特有の偏見の目から逃れるために、東京の都会で一人暮らしを始める。。。

本作は、主人公の五十嵐大(吉沢亮、加藤庵次、畠山桃吏がそれぞれの時代での大を演じている。)が生まれるところから始まり、28才までの彼の成長を描いている(本作の完成台本には、主要登場人物の年齢が表記されている。映画の中では、登場人物の具体的な年齢は示されていない。)のだが、陳腐な作品にありがちのテロップ処理でその時代を表すような表現を本作は一切していない。

ファミコンなどで遊ぶ主人公の描写や、その時代の流行語(本作では「だっちゅーの」が科白として言われる。)などが飛び出すことにより、観客は、その時代を理解する。

まず、そこが凄い。
情報過多な映画が巷に溢れている中で、本作は、実にクール。

本作は、コーダとして生まれた主人公、大の成長過程での心の葛藤を描くと同時に、彼の家族を描いた家族をテーマにした映画でもある。

生まれつき耳のきこえない両親、
元ヤクザでバクチ打ちの“蛇の目のヤス”という通名をもつ祖父(でんでんが演じている。)、宗教にはまっている祖母(烏丸せつこが演じている。)、と五十嵐家の家族は実にユニークな個性派揃いなところも見ていて面白い。

主人公の大の母役の忍足亜希子も父役の今井彰人(息子、大役の吉沢亮と、実年齢は3歳しか違わないというのが驚いた。)も、実際に、ろう者ということ。

お恥ずかしながら、私は、本作で、忍足亜希子さんも今井彰人さんも初めて見て知った。

このお二方の演技が実にリアルでよかった。

ろう者の登場人物たちは、全員、実際に、ろう者の俳優を起用しているとのこと。

撮影には、手話演出の専門家とコーダ監修をつけて挑んだとのこと。
脚本の決定稿には、手話の台詞には手話翻訳が記載されているとのこと。
このような徹底した仕事が作品にリアリティをもたらしているのだろう。

本作は、ろう者を単なる弱者として描いていないところもよいし、感傷的に描いてないのもよい。

本作には、エンドロールに流れる曲(母から息子への手紙を歌詞にしている。作詞は、OMIPO名義で呉監督自らが手掛けている。)以外、一切、劇伴が使われていないのもよい(劇中の音楽は、喫茶店などで流れる店内音楽などの現実音だけである。)。

私にも、ろう者の知人がいるので、多少は、ろう者のこともわかっているつもりだが、本作を見て、実にリアルだなと思ったシーンもいくつかあった。

たとえば、母が20万の補聴器を買って、それを着けて、息子の大に何か声を聞かせてくれと手話でお願いする。
大は「だっちゅーの!」と言うのだが、母は、息子が何て言っているのか聞き取れない。
何度ももう一回言ってみてと息子にお願いする母。大は、何度か「だっちゅーの!」と言うのだが、やはり、母は、息子が何て言っているか聞き取れない。
「何て言ったの?」と手話で息子にたずねる母に、大はガッカリするというシーンがある。

あのシーンなんか実にリアルだと思った。

実際、ろう者は、補聴器をつけても、普通には聞こえない。音として何となくは聞こえても、相手が何を言っているのかはわからないのだ。
私は、ろう者の知人に聞くまで、そんなこと知らなかった。補聴器をつければ、ちゃんと聞こえるものだとばかり思っていた。恥ずかしいことだが、私は無知だった。

映画というものは、実に素晴らしいものであり、大エンターテイメントでスカッと楽しめるものもあれば、本作のような何かを考えるきっかけを与えてくれるエンターテイメントもある。

ちなみに、本作の監督、呉美保さんは、在日韓国人の家族のもとで生まれ育ったマイノリティでもあるので、原作エッセイを読んで、これは私自身のことも重ね合わせて表現できるんじゃないかと思い、本作の監督を引き受けたとのことだ。

つまり、本作は、コーダの話でもあり、家族の話でもあり、アイデンティティの話でもある映画である。

とにかく本作は必見の大傑作であるといっておく、以上。

P.S.本作のパンフレットは1200円ですが、完成台本も掲載されていて、読み応えありのマストアイテムです。
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