物理業界はもちろんだが、心理的な過剰労働そのものに対する社会メッセージ。
物流は箱は人であり、それでも社会は進み流れ続けるという全体へのメタファーにもなってるのかな。
価値観は人それぞれですし、残業のすべてが悪ではないけれど、選択肢を持てない人たちがいることは社会として大きな問題。
自由と責任はセットだと、だから自己責任だろうと語る人は、自分がそれを語れる立場で生まれ育っただという視点を持つことも必要かもしれない。
また管理・経営側の人たちも抱える自分に何が出来たんだと思い悩む際の、一つの答えは「声を上げよう」なんだろうな。
エンドロール後に心の悩みは1人で抱え込まず適宜専門機関に…というメッセージも記載されている。こういう映画が出来上がり、悩む側にメッセージを送り続けなければいけない責任を国や利益至上主義の経営者はどう感じるだろうか。