アニマル泉

次郎長三国志 第五部 殴込み甲州路のアニマル泉のレビュー・感想・評価

5.0
シリーズ最高傑作。マキノ雅弘はどんなジャンルもこなせてしまう映画の神様だ。本作も活劇、人情、歌踊り、てんこ盛りだ。しかも第六部とまとめ撮りしたというから驚嘆するしかない。冒頭は清水港の秋祭り。次郎長一家が神輿を担いでいつもながらのエネルギッシュな幕開けだ。その夜、祭りの夜に男女が結ばれるという話から、次郎長とお蝶の馴れ初めの話になり、お蝶が次郎長に「今夜は酒を飲んでください」とすすめるくだり、マキノの人情話の捌きが実に上手い。映像はお蝶を軸にグループショットでドンデンに入る、その入り方が素晴らしい。そして次郎長が禁を破って遂に酒を飲む瞬間、カメラ側に外しているお蝶が顔を上げて反応する、見ていなくてもお蝶に判るのが実にいい。マキノは女が見つめ合わないで外す芝居が多い。しかし見ていなくても見つめ合っているのと同じエモーションを作り上げてしまう。稀有な至芸である。マキノは女の演出が色っぽい。本作もお仲が相変わらず艶やかだ。酔ってしなだれる全身ショット(FF)が上手い。着物姿はFFが美しい。特にひざまづく姿のFFや座りのFFがピタリと決まっている。マキノは知り抜いている。そして「引き」の上手さ。大熊が次郎長と大政に甲州のトラブルを相談する場面は、手前が暗い次の間ごしの「引き」のワンカットだ。鮮やかだ。そして全ては語らずに、そわそわ待っている子分達を描く、やがて意を決して子分達が次々と次郎長と大熊のいる部屋へ乗り込んでいく。この「省略」がマキノは絶品だ。子分達が移動するのをフォローすると突然部屋ごしの廊下を行くのが見えて、オロオロするお蝶が映る。このアングルは今までになかった奥行きのある重層的なショットで、不意打ちの美しいショットにため息が出る。お仲が「8日経っても帰らなかったら迎えに来ておくれ」と旅立ってから7日後にいきなり飛ぶ「省略」も見事だ。一気にたたみかける。お仲が潜り込んだ猿屋勘助に身元がバレて捕まる場面。ここも一六のサイコロのアップで場面を飛ばして「省略」する。まさに職人技だ。時間の操り方、観客を没入させるテンポ、今の監督は誰もかなわない。
本作は劇中歌が多いのが特徴だ。なかばミュージカル仕立てになっている。擬音も初めて使っている。お千に振られた鬼吉と綱五郎が頭を叩きあう場面でアニメ音が響く。本作でお千は嫁入りする。
いよいよ甲州への旅。この旅姿のロングショットが何とも素晴らしい。次々と一家が揃って雄大な景色の中を歩いていく。広沢虎造の浪曲が被る。まさに至福である。
クライマックスは大喧嘩だ。次郎長達は待ちぶせされている事に気づく。わずか9人の次郎長一家に対して続々と敵の姿が現れてくる。しかし恐れるどころか「これは面白れぇや」と次郎長達の血がたぎっていくのが素晴らしい。「何人叩き切ればいいんですか?」「みんなだ!」一気に乱戦になるがこの出入りが秀逸だ。森の中で木の上から次々と目眩しの粉が投げ込まれる。森の木漏れ日の光線に粉が大量に舞って斬り合いの肉弾戦になる。美しい官能的なアクション場面だ。そのまま殺陣は宿場町へ。屋根の上から目潰し粉を雨あられと浴びせられて次郎長達は追い込まれる、一か八か、ここで陣笠と合羽をかなぐり捨てて一気に反転に出る。そして豚松が斬られる。石松が片目を斬られる、血がリアルに流れる。
驚くべきはここで終わり大乱戦のその後は「省略」してしまうのだ。唸ってしまう。
ラストは凶状旅に出る次郎長一家とお仲の別れ。本シリーズは「出会い」と「別れ」の映画だ。籠には次郎長とお蝶が乗っている。神輿で始まり籠で終わる粋なラストシーンである。
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