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旅芸人の記録のkaomatsuのレビュー・感想・評価

旅芸人の記録(1975年製作の映画)
4.0
エレクトラ・コンプレックス――ギリシャ神話「エレクトラ」における、母と情夫に父を殺された子(姉と弟)による計画的な復讐劇――のモチーフは、ルキノ・ヴィスコンティ監督『熊座の淡き星影』をはじめ、多くの映画やドラマに応用されてきた。そして、この『旅芸人の記録』は、時代こそ異なるが、この神話の登場人物とまったく同じ名前とキャラクター動機が与えられたという意味では、本来はとても分かりやすいストーリーとなって然るべきなのだが、さにあらず。舞台となる第二次世界大戦前後のギリシャの複雑な歴史背景に加え、みんなでやりたいことをやろうとすると、常に何かの障壁が立ちはだかり、永遠にそれが実行不可能となる、集団的トラウマの不安(『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』など、ルイス・ブニュエルの監督作品にもよく見られるモチーフ)といったさまざまな要素が絡み、さらに登場人物はおしなべて無言、しかもワンショット内でカメラがゆっくりパンするだけで、時代が過去へタイムスリップするという、トリッキーなテオ・アンゲロプロス監督のマジックにかかると、もう理解が追いつかなくなる。フェリーニの映画のように、ただ感じるまま受け入れればよいという、右脳的な鑑賞態度では理解が及ばないため、感受性に加えて、さまざまな構成要素やバックボーンを把握して観ることを要求されるという、なんとも手ごわい映画だ。

この映画を3回観てようやく、物語の入口がおぼろげながら見えてきた程度。中でも、旅芸人の一座が「羊飼いのゴルフォ」を披露しようとすると、秘密警察の取り調べが入ったり、空襲があったり、興行するはずだった場所が無くなっていたりと、延々と中断または劇ができないという滑稽な集団の考察は、トラウマチックでとても興味深いと同時に、歴史に翻弄される一座の運命がとても哀しく思えた。

それぞれの奥深いモチーフが幾重にもシンクロし、叙情的かつ叙事的でもある、重厚な群衆劇。一生をかけて、少しずつ理解していきたい、そう思える数少ない映画のひとつだ。