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Cloud クラウドのFancyDressのレビュー・感想・評価

Cloud クラウド(2024年製作の映画)
4.9
本作を見て、私たちが見たかった黒沢映画が帰って来たと歓喜した黒沢ファンも多いだろう。

私は、97年の『CURE キュア』を見て黒沢映画のファンになった。
黒沢は、多くの監督作品で、言うまでもなく、ミイラ取りがミイラになる、または、それまで平穏だった世界が静かに壊れ、変質していくというよいな話を手を変え品を変え描いてきた。

しかし、2010年以降の黒沢作品では、原作モノや他者の脚本による作品も多く手掛けてきたので、それらの作品では、黒沢色が薄くなっていたのも事実。

これぞ黒沢の世界というような濃密な黒沢テイスト爆発な作品を私を含む黒沢ファンは、いままで待ち望んでいたと思うのだが、本作は、黒沢清監督の完全オリジナル脚本であり、黒沢ファンのみんなが大好きな、黒沢テイストが存分に味わえる。

本作では、勿論、主演を勤めた菅田将暉(本作で、黒沢監督と初タッグ。菅田が主演した映画『共喰い』の監督であり、菅田が師と仰ぐ、故・青山真治監督が導き繋いだ縁である。)が、普通人間から、狂気人間へと変貌する過程を描いている。

菅田は本作の主人公、吉井を演じるにあたり、ルネ・クレマン監督『太陽がいっぱい』のアラン・ドロンの役を参考にして意識したと言う。なるほどである。

更に、黒沢は、日本映画では中々成立しない、本格的なガンアクション映画を本作でやっている(黒沢が影響を受けたという、70年代のリチャード・フライシャー監督、ドン・シーゲル監督、サム・ペキンパー監督などのアクション映画のようなアクションを目指した。)。

ここで、本作のあらすじを軽く記しておく。↓

主人公の吉井(菅田将暉)は、町工場に勤めながら、ラテール(最強の哺乳類とも呼ばれるイタチ科の動物)というハンドルネームを使い、ネットのECサイドで転売をして日銭を稼いでいる。
医療機器、バッグ、フィギュアなど売れそうなものなら、何でも安く買い占めて、高く売りさばく。彼にとって、増えていく預金残高だけが信じれる存在だった。

そんな折、勤めていた町工場の社長(荒川良々)から管理職への昇進を打算される。吉井は、それを固辞し、退職して、郊外へ引っ越す。
そこで、恋人の秋子(古川琴音)と同棲生活を始め、地元の若者、佐野(奥平大兼)を雇い、本格的に転売業に力を入れだす。それが軌道に乗り出してきた矢先に、吉井の周りで不審な出来事が重なり始める。そして、、、。

というようなストーリー。

本作は、少し悪どいやり方で転売業(転売ヤー)で荒稼ぎしている主人公、吉井とその周りの空気が、中盤から徐々に増悪を増し、おかしな方向へ。
まるで現在のネット社会の危うさ、さながらに、その憎悪は侵食していき、集団狂気へとエスカレートしていく。

まさに黒沢が過去にさんざん描いてきた平穏な日常の世界が壊れていく話であり、本作からは、現代社会の危なさを描いているとも感じとれる。傑作である。

後半のアクションシーンでの、ガンアクションのこだわりも凄いのだが、銃声の音がとにかく凄い。劇場の良い音響システムで見るべき作品でもある。

そして、ラストのラストに、我ら(黒沢ファン)が望む、黒沢印のスクリーン・プロセスを用いての車の移動シーンが満を持して映しだされるのだが、そのシーンで、菅田将暉が発する科白が、「ここが地獄の入口か」。

シビレタ!!!

我らが待ち望んだ、黒沢テイスト、フルスロットルな危ない映画である。

P.S.
タイトルの『Cloud クラウド』について。↓

クラウドとは、インターネットを通して自分のパソコンやスマホの外側が広がっていく状態を指している。現在では、クラウドファンディングなどもあって浸透している。

プロットでは『敗北者たち』という仮題が付けられていた。初稿で『同好会』になり、第2稿で『クラウド 不特定多数者』になる。

しかし、プロデューサーから英語表記にしたいと言われて、クラウドファンディングなどで使われるcrowd(不特定多数の群衆)にするか、iCloudなどで使われるcloud(雲)にするか、悩み、最終的に『Cloud』を選んだとのこと(「ラーテルの周りにどんどん、湧き上がってる。同じような人間が。空の雲みたいに」というセリフを黒沢が撮影直前に捻り出して、登場人物に言わせている。)。

本作のパンフレットは、1000円。
完成台本は未掲載だが、主要キャストへのインタビュー、主要スタッフへのインタビュー、黒沢清監督のインタビューを掲載していて、勿論、ハスミンこと、蓮實重彦先生の批評も掲載されているので、読みごたえあり。表紙デザインも中々に凝った作りになっています。
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