keith中村

マラソン マンのkeith中村のレビュー・感想・評価

マラソン マン(1976年製作の映画)
5.0
 冒頭、アベベがマラソンで走るフッテージから始まって、プロットは「ヒッチコック型巻き込まれサスペンス」なんだけれど、ヒッチおじさんがついぞ本気で取り組まなかった社会性のあるメッセージが本作の美点。
 さすがの、ジョン・シュレシンジャー監督作品。
 
 ダスティン・ホフマン演じるベイブが、ヨゼフ・メンゲレをモデルにしたナチの残党ローレンス・オリビエと戦う話。
 タイトル通りに、ナチの追跡から逃げるダスティン・ホフマンが尊敬しているのがアベベなんだけれど、私の解釈ではジョン・シュレシンジャーはそこに、1936年のベルリン五輪でナチの鼻を明かしたジェシー・オーウェンスの姿をこだまさせようとしていると考える。
 
 また、設定ではベイブの父親がレッドパージで自殺したことになっていて、「みんな大好きヨゼフ・メンゲレ」に加えて、「みんな大好きジョゼフ・マッカーシー」まで本作に投入されていることもポイントが高い。
 もちろん、ここでいう「みんな大好き」は反語的用法ね。
 映画好きなら、誰でもマッカーシズム大嫌いだけど、描かれたら盛り上がるじゃん!
 どっちも"Joseph"だし、うまいよね。
 
 反ナチ映画としての白眉は、NYの宝石店が集まった街にナチ残党のゼル博士が行くところ。
 宝石店ってユダヤ人がやってるじゃん。腕に数字の刺青されてる人いるじゃん。あと、「死の天使(劇中では『白の天使』)を覚えている、っていうか全人格かけて許さないと思っているお婆ちゃんがいるじゃん。
 このシークエンスでのローレンス・オリビエの狼狽っぷりに留飲が下がります。
 もっとも、難なく脱出しちゃうんだけれどね。
 
 本作には、鉄格子や金網がとてもたくさん映るんだけれど、あれはもちろんアウシュビッツを代表とする絶滅収容所のメタファー。
 ラストショットもずっとセントラル・パークのフェンスの金網が映っている。
 
 ヒッチおじさんは、意識的に社会性・政治性を排除したエンターテインメントを作り続けてきた人で、それはそれでカッコいいんだけど、「同じフォーマットで何とか差別化したい」という意思の元に作られたこういう作品もやっぱり素晴らしいです。
 ヒッチおじさんの作品をMGMミュージカルだとするなら、本作はそれに対する「サウンド・オブ・ミュージック」なのであります。