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ルート29のRinのレビュー・感想・評価

ルート29(2024年製作の映画)
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社会から取り残されて最期まで居場所がなかった人々を看取る旅路──清掃員として働くのり子(綾瀬はるか)は清掃場所として訪れた療養所で死期の近いご婦人から長らく会えていない子どもの居場所が書かれた紙を託される。のり子は仕事を放り出してその子が住む姫路にバンを走らせる。映画はのり子と件(くだん)の子どものハルが姫路から療養所へ向かう行程を追うロードムービーとして展開していく。ふたりは道中、事故にあった車の中にいたほとんどの口をきかない老人や森の中で外界と隔絶して生きる父子と出会う。痴呆の進んだ後期高齢者や何らかの事情で不登校になった児童が彼らの背景として浮かび上がる。父親は、「この世は牢獄だ」と言い、彼の着用する腕時計は壊れて止まっている。彼らはどうやら生と死の狭間にいるか、あるいは既に亡くなっているようだ。のり子とハルが差す大きな黒い傘をや白を1つだけ残して黒で埋め尽くさせるオセロ、ハルが河原に積み立てる石からもわかるように、ふたりの旅程は社会から取り残されて最期まで居場所がなかった人々を看取っていく旅路となっていくのだ。

冒頭、ベージュのシャツを来た引率の教師が遠足か修学旅行に来たと思われる生徒たちに拡声器を通して呼びかけるところから始まり、そのシーンはどことなくかつての松竹映画の雰囲気があって好きだった。あとから綾瀬はるかが「のり子」という役名だと判明して「紀子三部作」と関係があるのかなと思ったけどどうなんだろ。原作から取ったキャラクター名なのかな。でも惹かれたのはそのシーンまでで、以降は明確に好きになれない映画だった。

最も違和感を覚えるのは、のり子の仕事が清掃員であることだ。社会から居場所を与えられなかった人々を看取って成仏させる役割を担うキャラクターなのに、それでは社会のゴミを片付ける人として意味付けされてしまうじゃないの。また、のり子とハルが邂逅する人物がどのような牢獄に閉じ込められて生かされていたかということが全く描写されず(のり子の姉だけ例外だったけど)、抽象的な記号を背負わせるだけに終わっているのも気になる。この映画は寓話的な性格が強いのだろうから、ある程度の抽象化はあって然るべきだと思うけど、ここまで具体が存在しないのは、マイノリティの実態が見えていないマジョリティ側の目線を体現してしまっているように感じられた。もちろん、画的にも物語的にも動きがなさすきて退屈というのもある。

細かいところも詰めが甘いところが多く、例えば老人が「カヌーに乗りたい」と最後の願いを口にしてから乗っている舟はカヌーではなくカヤックだ。片側に水掻きがついているパドルで漕ぐのがカヌーで、両側に水掻きがついているパドルで漕ぐのがカヤックです。コメディタッチのシーンも鋭い可笑しみがあるとは言い難かった。森の中で出会った父子から振る舞ってもらった魚が口に合わなくて、のり子とハルが一口だけ食べてお皿ごと老人に押し付けるギャグとか笑えない超えて普通に不愉快だし、少なくともマージナルな他者と対話するキャラクターに取らせて良い行動ではない。

良かったところは迫力のある独白と素敵なピアノを披露してくれた河井青葉と、ゆっくり喋ってもどこかヤンチャが抜けない高良健吾。医者の声役と監督助手に大美賀均、お父さん役に杉田協士、主題歌の作詞と楽曲演奏に甫木元空と、裏方に現代邦画シーンの重要人物が集合していた。
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