【クズ文豪世にはばかる】
『LETO レト』『インフル病みのペトロフ家』などで知られる鬼才キリル・セレブレンニコフの新作はロシア生まれウクライナ育ちの詩人エドワルド・リモノフの伝記映画であった。アメリカ、フランスと転々としながらシベリアの監獄へと流れつくまでの轍をベン・ウィショー主演で描いた作品。日本では「ヌマヌマ : はまったら抜けだせない現代ロシア小説傑作選」の一篇《ロザンナ》しか邦訳されておらず、題材的に難しい内容に思えたのだが、蓋を開けてみると、チャールズ・ブコウスキーやウィリアム・バロウズに近いクズ文豪の破壊的な日常を描いた作品であり、興味深く観た。日本公開は2025年9月5日(金)ではあるが試写で一足早く観たのでレビューしていく。
芸術家の映画は、その芸術が生まれる過程に特化すべきだとモーリス・ピアラは『ヴァン・ゴッホ』の中で、ひたすらゴッホの作品からカメラの眼差しを避けるようにして彼を捉えていったのだが、『リモノフ』にもその面影がある。ニューヨーク、パリへと渡りながら、同業者を見下し、自分を天才と称しながら管を巻くリモノフ。しかし、彼が詩を明確に世に放っている様子は見受けられず、嫉妬と冷笑を振りまく痛い男のように思える。しかし、そんな彼もダリやウォーホルはアーティストとして認めているようで一歩引いたところから自分を見ている。そんな彼は肉欲と酒に溺れ、自堕落なまま前進していく。それが奇妙なことにカリスマ性を醸しだし、次から次へと人間が寄ってたかり、混沌としてくる。キリル・セレブレンニコフは、まるでフィクションのごとく怒涛の勢いで時代を駆け抜けていく様子を得意の長回しで表現していく。『LETO レト』『インフル病みのペトロフ家』では、異なる質感のメディアを跳躍することで虚実の交わりを描いていたのだが、本作でも同様、バーの中へ入り、そのまま千鳥足で街を彷徨うように空間から空間を練り歩き、時代を超えていく中で時の人となる面白い場面がある。相変わらず、キリル・セレブレンニコフの独創的な世界は人を惹き込むものがある。
日本公開は2025年9月5日(金)。