尋常でない暑さを軸に描く、躍動と皮肉。
本作はアーティスティックな映像で、人間の運動と黒い笑いを映し出したコメディ作品となっていました。
ストーリーはほぼないと言ってよく、異常な暑さに苦しめられる人々が、ある種大喜利のように映されていくといった、ナンセンスで不条理さを如実に感じる内容でした。
母親が暑さを凌ぐようにと、子どもを冷蔵庫に入れるファーストカットから始まり、ベッドに横たわった老人が、周りを囲んだ扇風機の電源をつけ少しでも涼しくしようとするなど、人々が何とかしてこの暑いという窮地を和らげようとする試みが、躍動、運動、その肉体の辛苦によって表現されており、観ている私たちさえも暑いと錯覚してしまうような映像に仕上がっていました。
全編がモノクロとなっていることで、より暑さに苦しむ人々の表情や、汗が流れる様が深刻なものに見えた気がします。
また、劇伴は神話的とも言える、厳格な、格式高い空気感を醸し出しており、その意味でも馬鹿馬鹿しい内容をオペラのように表現するギャップ的な演出として、観客の笑いを誘う効果があったと思います。
また、イメージ映像のようなものが続いていく側面がありつつも、1本の作品としてまとめるためか、1人の男が作中ずっと走り続け、彼が目にした(あるいは、イメージした)場面としてそれぞれのイメージ映像が展開されていったのかなと解釈しました。
そして、最も皮肉的なオチとして、走る男、ひいてはそれまで映されてきた暑さに苦しんでいた人たちの行き着く先が立ち上がり、私たち観客は否が応でも走る男に感情移入してしまいたくなります。
詳細をここに書くことは控えますので、ぜひ本編を観る機会があればご自身の目でご確認下さい!
走る男は辿り着いたラストシーンで何を思ったのか、観た人同士で語り合うのもまた面白いかと思います。(私個人としては、先にも示した通り皮肉的な末路として捉え、走る男に同情してしまいました。おそらくですが、逆のことを考える人もいる気がします。走る男自身も、もしかしたら後者の考えだったかもしれませんね!)
ただ説明的な台詞や字幕(ならびに、モノローグ)は一切ないため、観客は映像の余白から想像するより他になく、その点で受け取り手への要求値はかなり高いものになるでしょう。
イメージ映像的なシーン(というよりカットという方が正確かもしれません)も多いため、その連続に飽きたり、冗長さを感じたりする人もいる可能性があります。
総じて、観る人は選ぶものの、映像表現の巧みさや人間の(肉体の)撮り方、黒く笑い飛ばす全編のコメディ描写等々、細部まで映像で語ることに徹していた作品でした!