亘

蜘蛛女のキスの亘のレビュー・感想・評価

蜘蛛女のキス(1985年製作の映画)
3.7
軍事政権下のブラジル。とある刑務所で政治犯ヴァレンティンとトランスジェンダーのモリーナが同じ獄房に入る。全く異なるタイプの2人が、同じ部屋で長い時間を過ごし互いに近づいていく。

殺風景な部屋で2人の会話をベースに登場人物もほぼ2人だけでストーリーが展開していく。当初2人は対照的で[ヴァレンティン:男らしい、ぼろぼろの服、革命家]、[モリーナ:女性になりたい、カラフルな服、ロマンチスト]と全く違うしヴァレンティンもモリーナを鬱陶しがっているよう。刑務所の殺風景な部屋だからこそ2人の会話に集中できて心情の変化が強調されていたように思う。

2人の会話だけだと単調になってしまいそうだけど、アクセントになっているのがモリーナの映画についての話。モリーナは感情をこめて登場人物や状況の描写をする。冒頭からまずナチスドイツのプロバガンダ映画を語る。女性が愛のために裏切り殺されてしまう作品で、女性になりたいモリーナにとってヒロインは憧れの女性で、自らの理想像でもある。でも一方のヴァレンティンはプロバガンダ映画の方は「ファシズムだ」としてそれだけで嫌う。確かに彼にとってはファシズムの象徴たるナチスは最も嫌うものだろう。映画のテーマより内容を重視するロマンチストのモリーナに対して、彼は表面上のところしか見てなかったのかもしれない。きっと初めモリーナを鬱陶しがって「ホモ!」と何度も口にしていたのはモリーナの表面しか見てなかったからだろう。

ただ状況が変わるのはヴァレンティンが、食事で体調を崩し粗相をしてから。モリーナがヴァレンティンを献身的に世話して復活させる。ヴァレンティンは、「ホモ」としか思ってなかったモリーナの優しさを感じて心を開いた。そしてモリーナは、いつしかヴァレンティンを好きになってしまっていて、ここから一気に映画のヒロインに重なっていく。献身的に世話をし、政治犯バレンティンの謎を追う刑務所長の揺さぶりにも動じない。初めはふわふわしていたモリーナが徐々にしっかりしていくように見えた。

題名の「蜘蛛女」はモリーナが話す2つ目の映画の主人公。蜘蛛女は南の島に暮らしているが自らの糸で外界とのつながりを閉ざされている。ある日漂流してきた男を介抱する。これもまたモリーナは自分やヴァレンティンの状況に重ねているのかもしれない。自らの糸で閉ざされているのは刑務所の隠喩かもしれないし、流されてきた男はヴァレンティンかもしれない。題名に使われているくらいだから非常に重要なパートだろうけど、その意味を完全には理解しきれてないように感じる。もう一度見てみたい。

終盤モリーナが釈放されてから一気に事態が動く。釈放は警察の罠で、ヴァレンティンの仲間を突き止めるだけのものだった。モリーナがヴァレンティンのために秘密裏の接触を試み警察から追われる様子やヴァレンティンからの願いをかなえるために射殺されてしまうのは、まさにプロバガンダ映画と重なる。モリーナは、まさに理想の女性になれたんじゃないかと思う。ただ警察がモリーナの死体を道端に捨てる様子は、まさに道具としか見ていないようで居たたまれない。

印象に残ったシーン:モリーナが映画のヒロインを描写するシーン。モリーナがヴァレンティンの看病をするシーン。モリーナが刑務所を去るシーン。モリーナが射殺されるシーン。

余談
原作はアルゼンチンの作家の小説で、原作ではアルゼンチンのブエノスアイレスが舞台です。
亘