A24の脱出サイコホラー。監督・脚本は「クワイエット・プレイス」(2018)の脚本を手掛けたスコット・ベック×ブライアン・ウッズ。撮影は「オールド・ボーイ」(2003)のチョン・ジョンフン。原題「Heretic(異端者)」。
モルモン教徒の若いシスター、パクストン(ソフィー・サッチャー)とバーンズ(クロエ・イースト)は布教活動のため森の中にある一軒家を訪れた。出迎えた家主リード(ヒュー・グラント)はとても気さくで、妻が在宅中と聞いた2人は安心して家の中に入る。だが、リードは彼女たちに対し「どの宗教も真実とは思えない」と持論を展開し、モルモン教を徹底的に否定し始める。。。
ここ数年に観た新作ホラーで最も好みで面白かった。スリラーとしても良く出来ているが、宗教ネタへの食い込み加減が映画史上屈指。監督脚本チームは宗教考証に10年かけたそうで隙なく構築していた。ただし宗教後進国の日本ではあまり受けないかもしれない。
まずは、“訪問布教の女子二人を自宅トラップに誘い込み逆洗脳する教祖おじさん”という設定が秀逸。これによって宗教ホラー&心理スリラーが成立し、後半には脱出スリラーが重なって多層的な推進力でシナリオが展開していく。
登場人物は実質三人だけ。しかしそれぞれの演技が素晴らしく宗教論議もスリルに満ちて全く飽きることはなかった(知的好奇心が無い向きには退屈かも)。ヒュー・グラントが実によくハマっていて、現代社会で問題化しているマンスプレイニングや知識マウントなど老害の典型を絶妙に体現していた。対する女優コンビはそれぞれ違った個性を発揮し、魅力的なシスターフッド性を醸し出していた。実は両名は実生活でもモルモン教徒の家に育ったとのこと(現在は非教徒)、そのバックボーンが演技にリアリティをもたらしていた。
邸宅の迷宮構造も面白い。入りやすいリビング→礼拝堂→地下の秘儀室→抜け出せない牢獄、という作りは人がカルト宗教にハマっていく道程そのもの。「三本の釘」など様々な小道具にも宗教的暗喩が込められていそうだ。“胡蝶の夢”を家のミニチュア模型を使って映画的に表現したカットは本作のテーマを象徴して印象深い。
「支配こそが宗教の本質」として自ら教祖=支配者となった男を、シスターフッドが打ち倒す。両者の違いは信仰が“自分だけのため”か“自分と他者のため”かの違いだった。本作はホラー映画スタイルで宗教を批評し考察するものであり、落としどころはモルモン教徒のシスターに同情的だった。宗教の是非はともかく、他者への思いやりは肯定すべきという主張は同感。ファイナルガールの指に止まる蝶は、偶然にしろ、信ずる者にとっての奇蹟としてささやかな報いになっていた。胡蝶の夢とかけているところも巧みである。