櫻イミト

アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方の櫻イミトのレビュー・感想・評価

3.8
まずはこのような映画の公開が実現したアメリカの自由さに感心。選挙の直前に実在の有力候補のネガティブな伝記映画を製作公開することが現代の日本で考えられるだろうか?唯一、思い浮かぶのは足立正生監督だが製作費用が集まるかどうか。

原題「The Apprentice(見習い)」が示す通り、本作はトランプが政治界に進出するずっと以前の1970年代~1987年頃の様子、父から受け継いだ不動産業でトップに上り詰めるまでの営業マン大出世物語。

その仁義なき成り上がりのストーリーには「ゴッド・ファーザー」を連想したが、本作のトランプからはカリスマ性など微塵も感じられない。むしろトランプの師匠となる悪徳弁護士ロイ・コーンの方が遥かにカリスマ的に描かれていた。同じ悪徳でも両者の決定的な違いは何者かへの愛情の有無。例えば同作のマイケル・コルレオーネは、非情さの裏にある元妻や娘への強い愛情がキャラクターに深みとカリスマ性をもたらしていた。本作のロイ・コーンは同性愛者で、自己防衛も相まって決して周囲に隙を見せず非情に徹しているが、若き日のトランプを気に入り目を掛けて可愛がる。

本作でのトランプににとってロイ・コーンも妻も結局は自身の欲望や利益を満たすための道具にすぎず、そこに情愛の類はない。ロイ・コーンを招いた愛なき誕生パーティーに至るまでの態度の変化は滑稽な程だった。しかし、自己利益を優先して動くトランプの姿は決して異常とは言えず、身近で接してきた多くの営業マンたちの象徴のように思える。

ロイ・コーンがトランプに授けた3箇条①「攻撃、攻撃、攻撃」②「非を絶対に認めるな」③「勝利を主張し続けろ」は、資本主義社会で必勝するための基本ルールだろう。これを愚直に遂行し成功したトランプに対して、アメリカおよび日本の多くの営業マンたちは内心では共感し憧れるところがあるのではないか。実際に大統領選挙で勝利した彼は資本主義社会の英雄と言える。アッバシ監督は時代精神の象徴として、世界の営業マンの代表として、トランプを取り上げることで社会批評を試みている。

トランプ役のセバスチャン・スタンは、MCUウインター・ソルジャーとは全く異なる軽薄なキャラクターを好演していた。その人物像は決して怪物でも異端でもなく資本主義社会下の男性多数派だと感じた。現代社会を率直に映し出した傑作だと思う。

※雑感
実際のトランプが本作のような極端な自己愛型人間で、愛する他者が本当に不在なのかどうかは解らない。本作では触れられていないが、個人的に興味があるのは道徳的基盤となる宗教に関する側面だ。トランプは「一番好きな本は聖書」「アメリカを再び偉大にするためには宗教はとても重要だ」と公言している。この言動も勝利のための道具なのだと受け取れもするが、実際にアメリカ宗教界の最大派閥であるキリスト教右派、即ちプロテスタント福音派がトランプの支持母体となっている。本作で再現されたトランプの行動は、ことごとく聖書の教えを踏みにじっているように見えるが、当事者たちにとって矛盾はないのだろうか?実は整合性があるのだとしたら、自分はプロテスタントを理解できていないし、アメリカを理解できていないということだ。ハリウッドのクリスチャン監督の多くが現在のイスラエルの戦争を否定していないことへの疑問を解くには、まずプロテスタント福音派の理解がカギになりそうだ。
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