シュトルム凸映画鑑賞記録用改め

午後の遺言状のシュトルム凸映画鑑賞記録用改めのレビュー・感想・評価

午後の遺言状(1995年製作の映画)
4.2
老いの境地の悲喜こもごもを繊細に描いた傑作。
杉村春子演じる蓉子は老女優。乙羽信子が管理する蓼科の別荘に避暑に来るが、そこに古い友人夫婦が訪ねてくる。朝霧鏡子演じる旧友は、しかし重度の痴呆症が進行していた…
私はとりわけこういう話が好きなんだ。特別な事件など起きない(本作ではちょっとした事件はあるが)で、人間関係だけで話が進む。
杉村と乙羽の関係性が特によい。主人と使用人の関係ではあるが、どうやら敬語表現の少ない長野方言でぞんざい、いやさ、いっそ突き放すような喋り方をする乙羽。杉村は別にいやな顔をするでもなく、友人として受け入れている感。乙羽にとんでもない告白をされても、その関係性の根本は変わらない。友情と言ってしまうと陳腐だが、長い年月、共に人生と戦ってきた戦友という風情が漂っている。朝霧の痴呆症の演技もオーバーアクト気味だが、かえって感動的。杉村と朝霧の関係もまた違った関係で、チェーホフの三人姉妹を共に演じたという姉妹的関係。こちらには乙羽とのような緊張関係がない分、いや、朝霧が痴呆になってしまって、仮に愛憎があったとしても、すべては忘れられてしまったかのごとく、優しく感傷的である。
冒頭部の、八十三の六兵衛爺さんの最期のエピソードが巧みだ。自分が入るお棺を作り、漬け物石の半分ぐらいの大きな石を置いて、首を吊った。お棺の最後の釘を打つ石なのだ。杉村春子が言う。石が大きいのが見事だ、と。「拳も及ばぬ天晴れな最期だわねえ」こういう科白は本当にどうやって思い付くんだろう。