[イタリア、終戦間際に山岳地帯で暮らすある大家族の生活] 90点
大傑作。2024年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。2025年アカデミー国際長編映画賞イタリア代表。マウラ・デルペロ(Maura Delpero)長編二作目。1944年、北イタリアの山間部にある小さな集落ヴェルミーリオに暮らす唯一の教師兼牧師とその大家族、特にルチア/アダ/フラヴィアの三姉妹と中心とした彼女たちの日常生活とその細やかな変化を綴った年代記。欧州全域で凄惨な戦闘が繰り広げられていたとは思えないほど美しく静かな自然の下で、人々は時々やって来る脱走兵たちを匿いながら生活を続けていた。長女ルチアはその中の一人で寡黙な青年ピエトロと親しくなっていく。次女アダは寝る前も勉強を欠かさない真面目な性格だが、それゆえに性への興味も抑えきれず、それを破る度に自らに罰を課していた。そんなアダよりも三女フラヴィアの方が優秀で、寝室でアダが単語のスペルを言う度にフラヴィアが訂正していた。彼女は上二人の姉を含めた家族全体の観察者であり、様々なものを目撃している。父親は家では寡黙で書斎に引っ込みがちだが、子作りには並々ならぬ関心を抱いており、子供たちの母親アデルは作中で常に妊娠していた。映画はあまり会話を含まないため、様々なモチーフ、特に背景にあって春夏秋冬様々な表情を見せる自然が雄弁な語り手として聳え立っている。真っ白な雪と真っ黒な神父服や真っ黒な森といった色彩の対比も美しいが、ミン・バハドゥル・バム『Shambhala』のような聳え立つ山々の"届きそうで届かない"距離感から生まれる、世界がすり鉢状に閉じているような感覚に至るのも興味深い。物語自体もある種普遍的なものではあるが、映像そのものにも舞台となる1944年から100年前でも、或いは現代でも全く同じ生活をしているのだろうと思わせる力がある。流石はミハイル・クリチマン。