159分間、食い入るように観入りました。
この世の中に起きていること、実話、ドキュメンタリーを好んで観ますが、この作品は特別でした。満点以外に考えられません。
まず、笠井千晶監督のことを先に少し書きます。なぜこんなに密着して撮れるのか?
それは静岡放送局勤務時に袴田事件に関わるようになり、一時期、袴田秀子さんの所有するマンションに居住していたことがあり、秀子さんとは友情以上の密接な関係性を築けていたことにあります。すぐ近くに暮らす秀子さんと巖さん宅に頻繁に出入り可能だったからこそ撮れたことばかり。
お綺麗な監督ですが、22年をかけて執念で追いかけた袴田事件の集大成ここにありです。
ニュースだけでは知り得ない真実の姿を見ることが出来ました。
2014.3.27、東京拘置所から47年7ヶ月ぶりに突然釈放された巖さんは78歳になっていた。その時も監督は休みを取って個人的に秀子さんと一緒に東京に移動した。だからこそ、その日の巖さんの車内の表情から撮せているのです。
巖さんは『拘禁反応』(長い間の抑圧による人格の変化)が出ていて、自分を"神"と言ったりして本心をハッキリと言葉で聞くことは不可能なところがあります。特に男性の訪問には抵抗を示したり、一日中、家の中を歩いていたりしますがお元気でした。
そんな中、3歳上の姉、秀子さんの大き過ぎる包容力には頭が下がります。とにかく「巌を自由に好きなようにさせたい。否定はしない。」その精神で常に笑顔を絶やさず見守っていらっしゃるのです。
秀子さんがいらしてこその、巖さんの健康状態維持ですからね。
一方、巖さんの第一審担当判事、熊本典道さんの苦悩。自分は無実を主張したが、裁判長含む2人の裁判官の反対により、死刑判決書を書かねばならなかった。その日以降、巖さんを思わない日はなく悔いている。クリスチャンになったのも巖さんに肖って少しでも理解したかったから。直接行った裁判所の面会は叶わなかった。
しかし秀子さんの計らいで、入院中の福岡の病院へ巖さんが見舞いに行き顔を合わせます。意識が朦朧とする中、「わるかった、いわお...」と口を開いた。
もう一つの奇遇な話は、巖さんと時を同じくした1966年に冤罪で収監され、19年服役したアメリカのボクシングチャンピオン、ルービン"ハリケーン"カーターさん。彼は巖さんが獄中から手紙を送り、2人は励まし合う仲でもあった。カナダまで取材に行き笑顔でインタビューに答えている(1999年、デンゼル•ワシントン主演の伝記映画『ザ•ハリケーン』は良かった)
1993年、世界ボクシング評議会(WBC)が世界ミドル級名誉チャンピオンの称号とチャンピオンベルトを授与している。それにちなみ、巖さんも史上2人目、WBCが名誉チャンピオンベルトを授与した。
沢山の涙を誘う場面やハラハラするシーン(散歩中に階段から落ちて大怪我して入院)もありました。
秀子さんは常に凛とされていますが満91歳。巖さん88歳になられました。
どうか一日も長く元気で穏やかに過ごせますよう祈っています。
そもそもがボクサーだからという勝手な人間の思い込みによって起きた冤罪事件。
私たちも人の意見に流されることは絶対に止めましょう。
題字『拳と祈り』は金澤翔子さん。
良かったです、ぜひご覧になることをお薦めします。