むーしゅ

ファーゴのむーしゅのレビュー・感想・評価

ファーゴ(1996年製作の映画)
3.8
 最近テレビドラマ版が話題になっている「ファーゴ」の原作とも言える映画版。田舎街を舞台にした映画だと必ず「ファーゴ」っぽいと表現されるので、多くの人の印象に残っている作品だとも言えます。もうすぐ公開の「ウインド・リバー」もやたら「ファーゴ」系と言われていますね。

 ミネソタ州ミネアポリス。自動車販売店で働くジェリーは、多額の借金返済のために妻ジーンの狂言誘拐を企み、義父ウェイドから身代金を奪おうと計画する。ところがジーンを誘拐した二人組は逃げる途中で警察官の職務質問に出くわし、警察官と居合わせた目撃者を射殺してしまう。翌朝女性警官のマージは田舎街で起きた殺人事件の調査を開始するのだが・・・という話。所謂コーエン兄弟作品ですが、Joel Coen監督の奥様でマージを演じたFrances McDormandが立場は違えどどことなく「スリー・ビルボード」のミルドレッドに似ていて面白いですね。こういう役が彼女の得意分野なのかと思いますが、どちらの作品でもアカデミー主演女優賞を受賞している点は納得です。ちなみに関係ないですが、身重な警察官が雪道で殺人事件を追うというだけで、嫌な予感しかしませんが、その辺意外とスルーでしたね笑。

 この物語は本来ならサスペンスなのですが、狂言誘拐から雪だるま式に問題が大きくなっていく過程が完全にコメディですね。笑ってよいのかわからないタイミングで笑わせてくるところがいかにもコーエン兄弟らしいです。本作でも誘拐犯の2人になぜか憎めない可愛さがあり、特にカールを演じたSteve Buscemiがいい味を出しています。血だらけな中申し訳ないところですが可哀そうとは全く思えないんですよね。ドジではないけどどんくさい、というキャラクターが絶妙です。この映画を見るポイントは、まさに真剣に見ないことであるようにも思います。そういえば彼らの作品と言えば「赤ちゃん泥棒」や「ビッグ・リボウスキ」などなぜか誘拐ネタが多いですね。

 さてなぜ真剣に見ない方が良いかというと、最後まで見た人ならわかりますが、恐らくコーエン兄弟自身もそれを望んでおらず冒頭からある意味ふざけているからですね。"THIS IS A TRUE STORY."という文字から始まる映画ですが、エンドロール最後で"The persons and events portrayed in this production are fictitious."と締めるという。Ethan Coenがインタビューで「true story movieというジャンルの映画を製作したかったが、true story movieを作るためにtrue storyを使う必要はない」という趣旨の発言をしていましたが、こんな一休さん的発想の人が作った映画ですから、一筋縄ではいきませんということですね。そしてエンドロールを読んでいない人のために、途中で"Paul Bunyan"の像=おとぎ話の象徴が何度か登場し「嘘ですよ」というヒントになっているわけですが、日本人には馴染みが無いのでわかりにくいです。しかも最後のネタばらしに字幕がついておらず日本人泣かせです。ただこの設定が故、冷静になればなかなか強引なストーリーであるにも関わらず「ありえないでしょ」という感想が起きないようになっていて、事件の雪だるま式拡大にまんまと取り込まれているという巧みさ。もちろん実はこんな殺人事件があなたのそばでも起きている、という普遍性を持った出来事だと捉えてもらうため、など色々な意図や解釈もあると思いますが、脚本をスムーズに進めるためのコーエン兄弟なりのブラックジョークとして理解するのが良いかなと思っています。

 その他良かったことといえば、ポスターにもなっている一面の雪景色ですね。アメリカの典型的何もない田舎町で、自動車販売店を経営している家族と警察官達という教科書みたいな設定の中、雪に広がる真っ赤な血。これだけで興味をそそられてしまいます。やっぱりポスターって大事です、情報量よりもグッと来るものにして欲しいですね。

 さてこの映画があまり楽しめなかった方は、是非笑いながら見ても良いということを踏まえてもう一周してみてください。そしたらきっと違う映画に見えてくると思います。初めての方は、シリアスなサスペンスです笑、くらいな知識で見て欲しいですね。そうすると最後にはきっと一瞬背筋がゾクゾクするはずです。
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