このレビューはネタバレを含みます
母と娘と娘の娘──東京国際映画祭2024コンペ。黃熙(ホアン・シー)監督はデビュー作となった前作『台北暮色』が大好きな作品なので、2作目となる今回の新作は個人的に今回の東京国際映画祭コンペ部門で最も楽しみにしていたんだけど、残念ながらそれほど好きになれなかった。
台北に暮らすアイシャ(シルヴィア・チャン)はズーアル(ユージェニー・リウ)とエマ(カリーナ・ラム)のふたりの娘がいる。ズーアルは同性のパートナーとの間に体外受精で子をもうけようとアメリカに渡るが、病院に向かう道中で交通事故に遭い、パートナーとともに亡くなってしまう。ニューヨークに着いたアイシャは、医者から遺された受精卵の保護者になったことを伝えられる。
時制をジャンプしながら、母と娘の関係が明かされていく。アイシャはズーアルが同性愛者であることや子を持とうとしていることを受け入れきれていなかったようだ。また、冒頭でズーアルが「姉の存在を突然知るなんて」といったようなことを言うのだが、それはエマが幼い頃にニューヨークで里子に出されていたからだということも明らかになる。
母と娘の確執とアイシャが受精卵の将来をどのように決断するかが本作の2本柱と言える。まず前者については、かなりシルヴィア・チャンの演技に依存したテリングになっていることが気になった。確執を乗り越える過程は言い換えればお互いを発見しなおす過程なので、私は「見えていなかった一面」を交換する(アイシャ-ズーアル間は一方の矢印のみだが)作劇が欲しくなってしまっのたけど、そこが非常に淡い。はっきりと示されるのはニューヨークの家の壁くらいだろうか。ただ、そこはさすがにシルヴィア・チャンなので、彼女の深刻な表情に頼りっきりの訴求でも納得させられはした。
違和感がより強かったのは後者、受精卵に関する決断だ。医者は受精卵に対して取り得る選択肢として「凍結の継続」「代理母による出産」「寄贈」「廃棄」の4つがあるとアイシャに説明する。そんなのドラマ的なオッズつけるなら出産が1番人気だろうと思ったらその通り、結局アイシャは順当に出産を選択する。それでですねぇ、なんか嫌なのはアイシャが自分の子育てをやり直すために出産を選択したように思えてしまうところなんですよ。娘との確執が並行して描かれ、エマとは涙の抱擁で和解した後に出産を選択したという結果が示されるんだから。ラスト、アイシャの母が「レストランに里子に出せば」と提案するくだりまである。罪滅ぼしとかやり直しとか、そんな自己中な理由で子どもを産んで(育てて)ほしくない。“Not selfish once in a while”であれ。
『台北暮色』は屋内と屋外を軽やかに行き来するカメラが印象的で、外に出た瞬間に有機的な都市台北がパッと広がるような快感があった。本作でもカメラはシルヴィア・チャンを追いかけて外に出るが、そこでうつるのは味気ないニューヨークの街である。都市の切り取り方も前作のほうがよかったと思った(台湾を見たかったのにと言いたいわけではない、念の為)。前作にも登場したが、今作もハイウェイのシーンは好きだ。
候孝賢(ホウ・シャオシェン)の名がクレジットに刻まれた映画をリアルタイムで鑑賞できることには無限の喜びを感じておかなければならないね。