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抓娃娃(じゅあわわ) ー後継者養成計画ーのRinのネタバレレビュー・内容・結末

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このレビューはネタバレを含みます

全く笑えない中国版『トゥルーマンショー』──とある巨大企業の御曹司に生まれた継業(ジーイェ)は、出自を知らされずに貧しく質素な少年時代を過ごす。社長である父親が、清貧な生活で苦難に耐えてこそ人格は磨かれるという教育方針を信奉していたからだ。一緒に暮らすばあやは実の祖母ではなく有名な教育理論家おばさんで、質素な家の地下にはジーイェの生活を監視するためのモニターや完璧な栄養バランスの食事をつくるためのハイテクな調理場が用意され、父親が雇った監視要員が近隣住民として生活しジーイェに英語で話しかけたり算数の問題を出したりする。万難を排して嘘の世界を信じこませるイカれた後継者養成プロジェクトなのだ。

言っちゃえば『トゥルーマン・ショー』なのである。これが他の国なら『トゥルーマン・ショー』の焼き直しねで終わったかもしれないが、製作国が中国なだけに事は深刻だ。『トゥルーマン・ショー』の展開と同様に、成長したジーイェは作り物の世界に気がついて自分の足で人生の一歩を踏み出すというのが本作の結末になる。父親の教育方針は「人間の正しい思想は肉体労働などの社会的実践によって生まれる」という毛沢東思想にそっくりであり、本作ではその刷り込みが達成されず個人の意志が勝利する展開となるため、よくこんな作品が検閲を通過したものだと思った。監視が失敗裏に終わる点も反体制的だ。よく知られているように中国は監視社会であり、監視カメラは街なかに大量に設置されているし、購買履歴やSNSでの投稿内容も監視されている。監視ベースで社会的信用をスコアリングする施策も一部の地域で試験的に導入されているようだ。最近、どこの何をどのスタンスで批判しているのかよくわからないボヤッとした監視社会批判の中で『牯嶺街少年殺人事件』への大量オマージュだけが悪目立ちする作品が日本でも公開されたけど、あの世界観は現代中国社会とさほど遠くないのだ。さらに驚くべきは、通学で鍛えられた長距離走の能力を買われて有名コーチからスカウトされたジーイェを家業の後継ぎに軌道修正するために父親がジーイェの片脚に麻酔薬を塗って麻痺させる展開と、自分中心に回る世界に違和感を覚えはじめたジーイェの目を欺くためにばあや(のふりをしていた教育理論家)を死んだことにしてしまう展開が用意されていることである。中国では現在も新疆ウイグル自治区を中心に思想改造の名の下での拷問や虐殺がまかり通っているが、まさにそれらをフィクションに置き換えたようなシーンと言えるのだ。ラストシーンでジーイェは長距離ランナーとして駆け出していくが、少年時代にペットボトル集めで家計を支えた経験が体に染み付いており、道に捨てられた水分補給用のペットボトルを拾い集めてしまいライバルたちに大きく遅れを取る。虚構の世界に気がついたからめでたしめでたしとはならず、洗脳時代のトラウマを抱えて生きていかなければならないことが明確に示されているのだ。

終始コメディタッチで進んでいくものの全く笑えない中国版『トゥルーマン・ショー』であった。
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