このレビューはネタバレを含みます
【論文映画の優等生】
第37回東京国際映画祭にて『悪魔のいけにえ』を映画人が考察するドキュメンタリー『チェイン・リアクションズ』を観た。これがまさかの、映画祭5日目時点におけるベスト映画であった。
本作は5人の論客が独自の観点で『悪魔のいけにえ』について語る。第二章が「三池崇史」、第四章が「スティーヴン・キング」とビッグネームとなっているわけだが、この二人の話がめちゃくちゃ面白い。淡々と話しながら笑いと生み出し、そして有益な情報を語っていくのである。
三池崇史は、映画監督になるきっかけとなったのが『悪魔のいけにえ』であった。子どもの頃に、チャップリンの『街の灯』を観ようと都会へ足を運んだのだが満席で観られなかった。何も映画を観ずに帰るのは勿体ないと、ブラついていると『悪魔のいけにえ』がやっていた。何気なく観たら、あまりの強烈さに圧倒されたのだとか。Jホラー全盛期に彼は映画を撮り始める。Jホラーは、呪いを始めとしたナラティブによって恐怖が語られるが、彼は『悪魔のいけにえ』のような背景なき暴力、痛みを感じさせる表現に魅力を感じ、『オーディション』や『殺し屋1』『インプリント〜ぼっけえ、きょうてえ〜』で実践していった。『殺し屋1』では「お前の暴力には愛がない」という名台詞があるのだが、そのルーツは『悪魔のいけにえ』にあったのである。なお、監督が「『街の灯』は結局ご覧になったのですか?」と質問する。苦い顔をしながら「いやーまだ観ていないんだよね」と語る場面は爆笑であった。
スティーヴン・キングも負けていない。『悪魔のいけにえ』のようなマスターピースになりゆる現代ホラー例として『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』を挙げる。本作との出会いがイカれている。車に惹かれて入院していたスティーヴン・キングは、痛みを和らげるためにマリファナをキメてガンぎまっているところに息子がテレビを持ってきて、一緒に観て衝撃を受けたのがきっかけとのこと。
では、本作は単純に面白い語り部が面白いだけの映画かと訊かれたら「否」と答える。デジタルシネマとしての編集容易性を活かして、論を裏付ける比較のさせ方が模範的であり、『悪魔のいけにえ』だけでなく映画史の講義として優秀なものがある。例えば、当時のテレビ画質と今の画質を比較し、数十年前の映画において「色褪せた黄色」が映画体験に影響をもたらしていたことを物語る。『吸血鬼ノスフェラトゥ』における船の到着と『悪魔のいけにえ』におけるボロ屋への接近の共通点を魅せるなどといった使い方がされているのだ。
なかでも一人目の論客が語る『風と共に去りぬ』から観る『悪魔のいけにえ』論が慧眼であった。『風と共に去りぬ』における強姦シーンの構図が『悪魔のいけにえ』と似ていると彼は語る。スプリット・スクリーンで比較すると確かにレザーフェイスに連行される女のシーンは全く同じである。その類似性から、ラブロマンスの演出をホラーへ転用させたのが『悪魔のいけにえ』のの画期的なところであると締めくくる様に「すげぇ」と唸らされた。
『悪魔のいけにえ』を中心に『吸血鬼ノスフェラトゥ』からスタン・ブラッケージ、『スキナマリンク』へと繋げていく自由でユーモラスで勉強になる神講義、是非とも一般公開してほしいものがある。