Gewalt

アラビアのロレンス/完全版のGewaltのレビュー・感想・評価

4.9
近代美術館フィルムセンターにて鑑賞
途方もない大傑作を見てしまった。空前絶後の絢爛な映像と一人の英雄の終焉のドラマに圧倒され瞬く間に四時間が過ぎてしまった。

人的規模・セット/ロケーション・衣装・美術・音楽……スクリーンに映されるあらゆるものを最高の水準に仕立て上げ、絢爛で格調高い映像によって見るものを飲み干していく。乏しい映画教養から捻りだしたデヴィッド・リーン作品についての私見だが、「アラビアのロレンス」はその究極形とも言える映像を見せてくれた。
果てなき地平線と広大無辺の空、その狭間からゆらゆらと現れる一人の男。主人公ロレンスが仲間を助けて熱砂の海を越え姿を洗わすシーンだが、大スクリーンで見ても点が揺らめいているようにしか見えない。地平線の果てのアクションをカメラに収めた空前絶後のロングショットだ。このシーンだけでも「映画」の力の前に打ち震えてしまった。
ロレンスが迷い込んだ白砂の海は、全ての命を焼き乾かしその静寂に満ちた純白が死の具象化であることをあまりにも美しく我々に伝える。砂塵を巻き上げ疾駆する騎馬隊の突撃を映したかと思えば大胆な引きの画で騎馬隊が街を飲み込んでいく様をじっくりと見せてくれる。そもそもあの規模の人間と動物を砂漠に持ち込みロケーション撮影を敢行したという点のみを以てもこの映画が偉大であることを伝えるに十分だ。

物語も傑出している。その勇気と才気によって英雄の名声を得たロレンスだったが、彼が振るう英雄的権能はロレンス自身を偉大にするものではなく、結果として大きすぎる力はロレンスを押しつぶしていった。
アラブの人々の名望を得て巨大な力を振るえることを知ったロレンスは次第に増長していく。しかし巨大になったのは「アラビアのロレンス」という偶像であってロレンス自身ではない。汽車の襲撃シーンで、アラブの人々がロレンスの影を追うカットは実に象徴的だ。ロレンスは敵に捕らえられムチで打ち据えられる。「痛みを感じない」「私は殺されない」とまで豪語していたロレンスは痛みに震える卑小な自己に気づく。(「以前と変わらない」と言い放ったアリは「アラビアのロレンス」の本質を鋭く見抜いていたのだ。)英雄としての「アラビアのロレンス」からロレンスは逃げ回るが周囲はそれを許さない。英雄としての力を振るい続けた、卑小な人間ロレンスは力がもたらした結果に打ち砕かれ崩れていく。

勇壮で絢爛な映像が、英雄「アラビアのロレンス」の偉大さを引き立て、人間ロレンスの悲愴を深めていく。最早現代の映画産業にこれほどの映画は作り得ないのではないだろうか、そうした嘆息を禁じえないほどの圧倒的な「映画」の衝撃を全身で感じた四時間だった。
今回大スクリーンでしかもフィルム上映でこの作品を見られたのは大変な僥倖であった。こうした機会を我々に提供した近代美術館フィルムセンターとソニー・ピクチャーズ エンタテインメント社には謝意と敬意を表したい。
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