垂直落下式サミング

間違えられた男の垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

間違えられた男(1956年製作の映画)
4.2
ヒッチコックの自分語りではじまる誤認逮捕の顛末を追う異色作。他の映画のように劇中ではなく冒頭で早々と登場するのは、本作は優雅な劇映画ではなく身の凍る実話を描くものであるから、物語的な作為性を排除し、観客の気が散らないようにするためだそうだ。
実際におこった事件をもとにしているので、サスペンスドラマのように終盤での鮮やかな解決を見所とする劇映画としてではなく、徹底してシリアスに実話としてみせてゆく。
目撃者の証言によって拳銃強盗の犯人として収監されてしまう男をヘンリー・フォンダが演じる。彼が演じるミュージシャンはどこにでもいる素朴な一般人で、そんな人間が周囲から自分に向けられる敵意によって社会的な悪人の立場に追いやられた末にどうにもならなくなっていく様子は情けないが、もし仮に明日自分が身に覚えのないことで捕まったらこんなものかも知れないなと思わせる。
結局は真犯人がみつかって呆気なくハッピーエンドとなったようだが、彼の警察や目撃者に対する憎しみは晴れないし、夫を最後まで信じきれなかった妻は自責に苛まれるしかない。この事件は一家の生活に深刻なダメージを残した。一方で、義憤にかられて無罪潔白の者を虐げた社会はといえば無責任にへらへらしている。
これは他人の証言なんてものは確定的な証拠になんてなり得ないものだということで、この物語は最後にどうなったかなんてことは重要ではなく、描かれるのはこの世を生きる限りは誰しもに人生を左右するほどの理不尽な不幸が降りかかるかもしれない恐怖であり、いわばこの事件には誰をもってしても腑に落ちる結末などあり得ないということだろう。