死の誘惑は生の喜びと隣り合わせに。
主人公のイリスは工場で薬指の先端を失い、ふと迷い混んだ森の中で標本技術師の受け付けの職にありつく。
標本といっても依頼されるのは記憶から遠ざけたいものだけで職場は不思議な死の記憶に満ち溢れる。
ラボは静謐さに支配されているが心穏やかなものではなく、二人の間には一目会った時から惹かれ合う濃密な熱情が下りている。
元々寮だった建物のため地下のシャワー室などでは時の流れに消えていった声なき声がこだましている。
まるで港から足を踏み入れた森の館は幽界への入り口。死と生が混在し、所狭しと並べられた標本が死を主張する。
ある日、技術師は真紅のパンプスを送り、いついかなる時でも履くようイリスに要求する。
死の気配が充足した地下室で二人は互いを確かめるように何度も愛し合う。
死をスパイスにして、あるいは履いたままのパンプスを生きるシンボルとして。
イリスがホテルで同居する男性に恋していたとするなら、ここで描かれているのは死の蠱惑であり、同時に性の喜悦。
彼女は靴の痛みにさえ執着し捨てようとしない。
束縛されることで自己を得、死の入り口を覗き込んでいる。
闇と光が交差する幽玄な世界観。
美しい。