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マネーボールのKuutaのレビュー・感想・評価

マネーボール(2011年製作の映画)
3.8
ベネット・ミラー作品。カポーティ、フォックスキャッチャー同様に、他人には見せない孤独と不安定さ抱えた男の生き様を静かな筆致で描いている。公的な顔と私的な顔をカットバックさせる手法は、カポーティから引き継がれている。

今の野球では常識となって久しい、統計に基づいた指標分析「セイバーメトリクス」を取り入れたアスレチックスのゼネラルマネージャー、ビリー・ビーン(ブラッド・ピット)と彼に反発する古い体制との戦い、ビリーの苦悩を描いた作品である。

原作本は、物語というよりもビジネス書に近い作りだが、中学生の頃夢中になって読んだ。「科学に基づいた野球の再解釈」「誰も知らない名選手の発掘」というテーマは、未知の世界を切り開く感覚を与えてくれる大変刺激的な内容だった。

例を挙げればキリがないが、基本的な考えはこうだ。
「27個のアウトを有効に使うチームが勝つ」
「出塁率=アウトにならない確率であり、出塁率こそが攻撃の指標」
「打者を100%アウトに出来る奪三振率、逆に100%出塁させてしまう与四球率が投手の能力の本質。防御率や被打率は運の要素が大きく、重視しない」などなど。

ただ、映画ではこうした野球ウンチクはそこそこに、試合シーンは可能な限り削り、ビリーの目線を基本としてドラマを加速させる構成を取っている。

会話を嫌っていたビリーが選手と交流し始めるなどの変化を描きつつ、最終的な焦点はビリーが高く評価する選手、ハッテバーグ(クリス・プラット)の起用に集約していく。流石「ソーシャルネットワーク」のアーロン・ソーキン。見事な脚色だ。LenkaのThe Showが泣ける使われ方をしているが、この歌はこの時期には存在しておらず、結構豪快に改変している部分もある。

あまりにバッサリと切られる選手の姿を描く一方で、トレード期限ギリギリの交渉劇は最高に熱い。各チームに電話をかけ、狙っていた投手を確保して拳を握りしめるビリーとピーター(ジョナ・ヒル)。自分もガッツポーズしたくなった。

ビリー・ビーンというのは、つくづく不思議な人物である。

高校からドラフト1位指名でプロ入りしたが、結果を残せず引退した過去を持つ。スカウトの甘言に乗せられず、適正な評価の下でプロ入りを遅らせていれば、過剰な期待に潰れることもなく、違った未来が待っていたのかもしれない。

だが、その判断の責任は誰も取ってくれないし、自分だけが悔しさを背負うしかない。彼は自分のような選手を生まない野球の仕組みを作りたいのかもしれない。

彼が野球を楽しんでいる様子は、一貫して描かれない。厳しい言動を取り続け、チームが負ければ物に当たり散らし、感情に任せたかのような電撃トレードも辞さない。

合理主義とは無縁のジンクスも信じていて、試合は直接見ないと言いつつ、何だかんだで途中経過は覗いている。冒頭のラジオのオンオフを繰り返す場面、野球ファンの心理としても分かりすぎる。

孤独と冷徹さと人間味。この難しい役柄をこなしてみせたブラピの演技は、今作の最大の見所だろう。ファイトクラブのタイラーダーデンのごとく、周囲から少し浮き上がった不思議な存在感をきっちりと演じていた。

斬新な理論であっても、世界は簡単にはひっくり返らない。終盤のクライマックス、確率論からすればこんな奇跡、毎年起きるはずがない。これも一つの夢であるとビリー自身が一番分かっていたはずだ。今作はこの「勝利」のシーンで、ビリーの表情をはっきり映さず、安易なカタルシスを与えてくれない。

ビリーはラストで「数字に基づいて正しく評価される」。その言葉に乗っかるかどうか。静かな決断が美しい。

集中していないと聞き流してしまいそうなセリフや音には、丁寧に意味が込められている。

ピーターを編成チームに誘う場面。日本語字幕では表現できていないが、「お前なら俺を1位指名したか?ネットで俺のこと調べたろ?」との問いに、ピーターは「しました。良い選手でした」と、二つの問いのどっちにも取れる返事で誤魔化そうとする(この関係は最後の会話で逆転する)。
ビリーの娘は「小さいスプーンか大きいスプーン」で小さいスプーンを選ぶ。長打力偏重の「ビッグボール」を否定するアスレチックスのチーム作りと繋がっている。
ピーターが飛行機で選手と話す場面。本質を突いた質問をされ、ピーターが答えに窮した瞬間、ベルト着用の「ポーン」という音が小さく鳴る。ちょっと笑える間の取り方が良い。

エンディング後のMLBで起きた事として補足すると、他のチームがビリーの手法を取り入れた結果、アスレチックスは出塁率の高い選手を安価に獲得できなくなった。そのため、ビリーは守備力やバントを重視した野球に切り替えている。

今作では守備なんかどうでもいいくらいの勢いで描かれているが、それもあっさり翻す。勝つために、多くの人が無視する場所に目を配り、可能性を探り続ける。弱者の論理とも言えるだろうが、それが彼の戦いの本質なんだと思う。

改めて、ベネット・ミラー監督のドラマ作りの安定感を噛みしめる一作となった。素晴らしい才能の持ち主なだけに、あまりに寡作なのが悔やまれる。最新作はいつになるんだとググったら、2年前に「もう映画を撮るのは疲れた」と発言した記事が出てきて落胆。まだ若いのになぁ。77点。
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