otomisan

プライド 運命の瞬間のotomisanのレビュー・感想・評価

プライド 運命の瞬間(1998年製作の映画)
-
 「判官びいき」があるように「東条ぎらい」もまたあるのだろう。その東条が、東京裁判の判事のひとりでありながらその在り方に疑いを持ち、東条を始め被告らの無罪を主張したパル判事を紹介するはずの映画を乗っ取ってしまったとなれば、大方、目を背けられるか、映画侵略と悪感情を被るのも当然か。
 監督の意見で東条物語を本体とするよう改まったらしいが、そこにパル判事とインド物語が居候のようにある。しかし、創作であれ、判事と東条が接触する場面はなくて、判事やインドの物語群はその気になればきれいに削除でき、調整のための撮り直しも不要と見えるほど、東条物語パートとは図ったように境が引ける格好だ。案外土壇場で、だから東条物語一本でいきましょうよ、と、一押しする腹でいたのかもしれない。これでまた「東条ぎらい」の拍車が掛かる事だろう。

 こんな表向きゲジゲジ東条物語だが、なかみは決して、お清めに殺虫剤撒きっ放しなんて感じではない。東京裁判自体、パル判事が被告らに無罪意見を出し、のちに英国出身のハンキー判事からもパル同様、裁判の判決から起源や仕組み自体まで異議が出されるような具合で、帝国日本の非米性を悪演出し米欧の翼下へ引き入れようとする道具建てにも感じられる。
 こうした下心は悪い事である。しかし、国益のために他国を食い物にした帝国日本も悪いだろう。ならば、そんな手があるぞと教えてくれた先達の欧米はもっと悪かったのか?そんな悪い諸国の角逐が戦争へと行き詰った挙句、協調指向にルール変更を勝手に行うのも悪い事なのか?そんな変化に翻弄されるのを拒み、昔通りに戦争で相手国の蓋をこじ開ける事に固執した日本が別に良いわけがない。それでもまだ諸国みんな生きもの丸出しの競争で生きなければならないと信じられてきたのだろう。

 東京裁判を眺めると、そうした「悪い」だらけな世界でまんまとババを掴んだ日本の、とりわけ昭和16年の秋、首相に案外打って付けと目されてしまった東条の不運の果てを見るような気がする。
 アジアから欧米を締め出したい日本、それを不快とし、また反独協調で同盟するソ連の影響が浸透した米国の対日強硬、抗日のためなら欧米とでも協調を目指す蒋政府。連合国側がみんな有効な協調関係を作る中、有害無実な同盟しか持てない日本がことさら偏狭固陋、軍事馬鹿の間抜けに見える不快な近代史第一の悪名が「東条英機」となるのも対米開戦の首相だから仕方ない。
 しかし開戦に至る経緯を見れば、伏見宮も嶋田海将も陸軍の面々もどうだろう、近衛や木戸や政党人はどうだろう。彼らにも国民が念頭にないとは言わない、それまでに死んだ兵と費やしたものの末に得た国益をふいにする協調路線を国民が、国民に根を持つ軍隊が承知すると思えないなら軍人に政権を任せた国は「悪い」四面を相手に戦争で事を決めるしかないのだろう。

 ただ、そこで国民は、自身が戦争する国の、「皇国」とは称しても国民の労働を他国に売って国富を積む実質的な主体である事をどう意識していたのだろう。費やした命の重みとは多くの家庭の身内の誰かのそれであるが、彼らが死者となった事の意義が毀損されるのを拒んで更に「美しい」死者を増やし国富を損なう想像が持てなかったのか?それとも有効な反論として働かなかったのか。みんな「国民」でなく極く日本的に「皇民」として無一物の自身を死んだ英霊同様、いや、やがて自分もそうなると、それを美しいとでも思っていたのだろうか?
 想像すると「東条ぎらい」とは、そうした国民の昭和16年当時は想像が至らず、国難に盾となって死ぬ事が美しいとさえ思える天皇国家のあらたかさに目が眩んでいたのかもしれない事に対する、または焦土となった今、昭和21年から振り返る、ほんの5年前の自身に対する嫌気の総体のように思える。

 だから、当時の人が死に絶えつつある今、そんな「東条ぎらい」にも頭を冷やして向き合わないといけない。そのためには、想像を働かせて一人の人間、ゲジゲジ東条とは何だったのか、死に損ないの入射口に墨付けでふざける一家の四男三女風景とは何なのか、そんな元大将はじめ誰一人欠けなかった家族に対抗して割腹する未亡人のフィクションは監督の何事か、死にぞこないの、死んだら俺に全て背負わせてくれ、なんて積りなのか?それが政治家軍人の臣下としての覚悟?という通念がある社会だったのか、同じ死ぬでも阿南や近衛の死は何なのか、伏見宮だって実はなんなのか、考える事を拒んだら、きっと頭の悪い「東条ぎらい」のままで死んでしまい後悔すら覚えないで済むだろうが、それでは頭がもったいないと悟るいいきっかけかも知れない。そう思えたら本を読もう。それから映画を見れば、パル判事が蔑ろな結果に異議が湧いてくるだろう。
otomisan

otomisan