垂直落下式サミング

ダークマンの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

ダークマン(1990年製作の映画)
5.0
ギャングに襲われて全身大火傷をおった天才科学者は、なんとか一命を取りとめるが二目とみれない姿となってしまう。男は悪党たちへの復讐を誓い、新発明の人工皮膚をまとった闇のヒーロー「ダークマン」に生まれ変わる。
まず何より、細かいところに手が行き届いた演出に感心した。重要な書類にコーヒーのシミがついてしまうアイデアは、ホントに素晴らしいよな。
早朝、リーアム・ニーソンが書類の上にマグカップを置いたら、コーヒーをこぼして紙にシミを作ってしまう。これがあるおかげで、この映画はかなり観やすくなっていると思う。
この書類は、いろんな人物の手に渡っていく重要なものなのだけれど、紙に輪っかのかたちに滲んだ茶色いシミをつけてマーキングしておくことで、観客は「あれはヤクザが狙ってたやつだ」「若手社長がバレちゃまずいやつだ」「リーアム・ニーソンが汚したやつだ」と、みてすぐわかる。
この書類、要は大手建築企業とギャングとのつながりをしめす収賄証拠なんだけれど、物語上は重要なキーアイテムであっても、小道具としてはただの紙ペラ。これを観客に印象付けるときには、どうする?映像作家資格試験があるとしたら、本作はお手本のような解答をしめした参考書兼過去問題集。映画はみるもの。ストーリーに紐付けられた画を作るべし。オッケー!ヒッチコック先生。これが映画の手管ってやつか。
このアイデアは、些細にみえるけれどホントにすごいと思う。こぼしちゃうリーアム・ニーソンかわいいしね。気を利かせて彼女のぶんも朝のコーヒー作って持ってくるんだけど、不安定なベッドの上に置くからしてこぼしちゃうのは、詰め甘くてイイカゲンなダメ男あるあるで共感しやすい。
ヴィジュアルイメージやストーリー展開も、変に奇をてらっていないのが好感触。主人公の見てくれは、まさしく路地裏の怪人であるし、正義のヒーローではなく、復讐のために躊躇なく人を殺す怒りんぼキレおじ。十八番は、他人になりすまして金をちょろまかしにいく超インテリ作戦で、これによって恐ろしいギャングたちを出し抜いていくのが愉快痛快。
スパイダーマンのシリーズでは、お子さま向けに抑えていた残虐シーンが惜しげもなく炸裂。悪役が殺した相手の指をコレクションする変態だったり、科学者が執拗に暴行を受けるところのギャングの悪辣さと被害者の痛がるリアクションが過剰すぎて、笑っちゃうくらいのハイテンションさが逆にこわい。
顔を隠したヒーローを扱った物語として、締めくくりも素晴らしかった。素顔の自分は愛されるべきじゃない。手を汚したバケモノは愛を手にしてはならない。自らのモンスター性を引き受け、雑踏に消える。
僕がニューヨークの裏路地フェチなのは、子供の頃にスパイダーマンを経験したからだ。その元ネタというか、原点がこの作品ってことらしい。90年代に人気爆発したスポーンはよく似たテイストで、本作のポスターアートのコートをなびかせている絵面や、大火傷をおったリーアム・ニーソンが路地裏を徘徊する様子などが酷似している。
本作の公開が1990年で、スポーン初刊行が1992年だから、もろにマンガな描写は実際のコミックに逆輸入されるかたちで、しっかりと影響を与えあっていたのだと思われる。
監督は、最近『ドクターストレンジ2』で監督業に舞い戻ったお馴染みサム・ライミ。出演は『シンドラーのリスト』『96時間』など演技派かつ肉体派俳優リーアム・ニーソンと、『スリービルボード』のオスカー女優フランシス・マクドーマンド、今を輝くシニア俳優たちの若いころがみられる。
スパイダーマンの実写化が夢で、長年そのために動いていたサム・ライミ監督。実写化の流れが来たとき、真っ先に名乗りをあげるも、『バットマン』の二匹目のドジョウを狙ってビッグバジェット作品としての製作を予定していたソニーは、ゲテモノ監督に超大作映画の手綱を握らせるような大冒険をするはずもなかった。
その悔しさから、俺だってできるぞと、それっぽいやつを作ったのがこれ!ってことらしい。確かに『死霊のはらわた』のような無邪気さを抑制したオトナの職人芸のなかに、燃えるような野心もみてとれる。
特に、宙吊りで市街地を飛ぶところとか、俺ならこんなふうに撮れるぜ感モロ出し。ついにダークマンが一般人にキレちゃうところとか、大好きなんだよな。背景がビキビキと割れていく漫画チックな大噴火は、わりと理不尽で傍若無人。はぁ!?ズルしてねーわ!ゾウよこせや!(指ボギイ!)オメエ受けとれや!あああ、ごめんよ…情緒不安定すぎてやばい。
抑制のきいた演出とは裏腹に、怒りが抑えられないダークマン。どうだ見てみろ!俺こんな低予算でもスパイダーマンできるぜ!映画に監督の個人的な思いが乗っかってか、結果的に『フォーリングダウン』などとおなじ系譜のキレるおっさん映画の金字塔となった。
リーアム・ニーソン氏は、後にキレるおっさん専門俳優になっていくので、彼の俳優人生のなかでも重要な作品といえる。