独裁者の作品情報・感想・評価

「独裁者」に投稿された感想・評価

政治風刺と喜劇を見事に掛け合わせたチャップリンの最高傑作!
トメニア(ドイツ)の独裁者ヒンケル(ヒトラー)がオーストリッチ(オーストリア)に進駐するまでの過程を痛烈にこき下ろします。

初の完全トーキーということで言葉遊びには余念がないし、ブラームス「Hungarian Dance No.5」やコイン菓子など、とにかくすべてに於いて天才的コメディセンスを披露!
ここで重要なのは、やはりその製作時期でしょう。

本作の製作準備が始まったのはナチスがオーストリアを占領した1938年。
39年9月の第二次世界大戦前には既に製作を開始しており、この頃からユダヤ人のゲットー収容が行われます。
そして日独伊三国同盟から数週間後の1940年10月15日、本作はアメリカで初公開されました。
しかし1941年12月に日本が真珠湾を攻撃するまでアメリカは日和見な態度をとっており、国内ではドイツに加担する世論も少なくなかったと云います。

圧力や妨害にも決して屈さず、ナチス恐怖政治の実像を伝えたチャップリンはいかに明晰で勇敢な表現者であったか。
自らの資産と「サイレント」で培ったキャリアをすべて擲ち、ラストの演説に掛けた彼の想いは到底計り知れません。
真に迫ったスピーチは自然と涙が溢れ出る。

かつてジョン・レノンもベトナム戦争という逆境のアメリカで「愛と平和」の理想を掲げたように、
創造力と勇気で以て人々に理想の重要性を訴えたチャップリン。
幸福なる願いは、必ず人間を正しい道へ誘うのだと。

本作は正に「The Great Dictator 偉大なる独裁者」の名に相応しいタイトルであり、人類の尊厳を高らかに謳い上げた歴史的傑作です。

明日4月16日で生誕127年を迎えるチャールズ・チャップリンに捧ぐ
演説もだが、全編において魂が震える。

1940年。ナチスの猛威が世界を席巻していた時の映画です。
まりも

まりもの感想・評価

4.0
学校で観せられた。

面白かった。
ゆうき

ゆうきの感想・評価

4.8
髭剃りのシーン、そして演説のシーンは映画史に残る名シーンですよね。時代背景を考えると、チャップリンの勇気と行動に敬服します。
Ueda

Uedaの感想・評価

4.1
映画として作りがどう、というより月並みだが最後の演説の凄みでガン泣いた
ハチ

ハチの感想・評価

4.4
まず、当時の時代背景を考えると、命がけでよくこの映画を作ったなーとチャップリンに敬服。
ストーリーは後半少し冗長な所もあるが、チャップリンならではのコミカルなシーンの助けもあり、あまり飽きがこない。
とは言ったものの、やはりこの映画は最後の演説ありきかなと。
正直なところ、伝説の演説シーンを加えた時点で『映画』からは逸脱してるんだけど。。
それ以上に、平凡な一般市民という役を借りて、チャップリンが民衆へ向けてナチスの危険性を訴えた、あの演説の凄みに圧倒されました。
チャップリン「独裁者」
コメディや映画としての完成度はチャップリンのほかのに比べると低いのだが逆にそこにこれを1940年に公開したチャップリンの異常な切実さと緊迫感を感じさせる。見ていてこれほど作り手の切実さを感じさせる映画はたしかにほとんどみたことがないかも。
よち

よちの感想・評価

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もっと早く入れ替わっちゃうのかと思ってたので、ちょっと冗長な感じがしたけど。まあでもやっぱり最後の演説が全てかなあと思うので。あのシーンだけでも一度は観ておくといいのかも。
美まさ

美まさの感想・評価

4.4
いのちがけ
一人二役が映画のアイデアの中心になることは多い。面白半分で片方が話を持ちかけるのか、または周囲の人に偶然に間違えられてしまうのか、あるいは影武者として入れ替わるのか、設定は様々だろうが、大抵が片方は大物、片方が小物と、社会的な地位に隔たりのあるもの同士という設定になり、その二人の違いを演じ分けて見せるのだから、役者としては腕の見せどころである。古くはダニイ・ケイ、最近だとヴァンダムが得意とするジャンルだ。
本作でチャップリンが演じるのは、独裁者ヒンケルと平凡な市民である床屋の二役。この作品を観たという第三帝国総統閣下は何を思ったのだろう。
作品としては、『モダン・タイムス』より冗長でかったるいが、実は小心者で人一倍エモいヒンケル総統がなかなか愛らしく、パロニ首相との小競り合いで笑わせてくれる。地球儀風船のシーンは、このあと世界が進む道のアイロニーな予言でもありながら、表情ひとつで独裁者となった男の悲哀感すら漂わてせている。
本作で、トーキー嫌いだったチャップリンがはじめて「声」を発した。映画の最後、独裁者になりすました床屋のチャップリンが平和を呼びかける大演説をして映画は幕引きとなる。
『モダン・タイムス』では変な言葉で歌を歌うのみだったので、チャップリンが映画でセリフを発したのはこれが最初。トーキー誕生から10年以上経っている。ここで満を持して声を解禁したのは、この場面を印象付けたかったからだと分析する人も多い。
有名な6分間の演説は、脚本上絶対に必要なものだったわけではないのだろうけど、チャップリン自身、世界に向けて心の底から言いたかったことなのだろう。だからこそ急に真面目な空気になり、喜劇であったこの映画の様相が変わってしまう。お前ら笑ってる場合じゃねえんだぞと。
演説などしなくても言いたいことは言い尽くしていると思うが、チャップリンは自らの肉声をもって、観客にダメ押しをしたかったのだろう。
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