つかれぐま

乱のつかれぐまのレビュー・感想・評価

(1985年製作の映画)
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【人類への遺言】

戦国時代。殺戮の限りを尽くした老将が穏やかな余生を願うが、息子たちの疑心暗鬼、仇の娘である嫁の策略、そして神の見えざる手がそれを許さない悲劇。

『赤ひげ』までを前期、その後を後期とすれば、本作は後期の最高傑作であり、キャリアの集大成と言っていい。前作『影武者』と同じ長尺・戦国物でありながら、完成度が段違いなのはいくつか理由があるが、かつて自殺を図った黒澤自身の姿を、切腹できず生き恥を晒す一文字秀虎に重ね合わせた監督の情念が大きい。ちょうど1時間経過後の三の城炎上。このモンタージュは音楽の素晴らしさも加わり、前作クライマックス・長篠の戦いを遥かに上回る。

そして黒澤作品には珍しい女性視点。
対照的な生き様を選んだ楓の方と、末の方。さらには盲目の鶴丸も含めた弱者からの視点が、本作の厚みを増している。特に楓の方は、女性なりの生存戦略をしたたかに取ったと見せかけ、実は一族の仇を討つ策略であり、また見方によっては神が彼女に憑依して、一文字家の諸行に天罰を下したようにも思える。影の主役と言えるフィクサーぶりは、一文字家の誰よりも肝が据わったカッコ良さ。全黒澤作品でもっとも魅力的な女性だ。

一方で、重臣たち(丹後や鉄)の忠義は肯定的に描かれ、彼らの侍ぶりには私を含めた「前期」黒澤ファンの溜飲が下がる。その点では小林正樹『切腹』のような武士道精神批判には至っていないが、更なる高次元≒神の視点からの「人間批判」が深く心に刻まれた。