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ゴッドファーザーのmasatのネタバレレビュー・内容・結末

ゴッドファーザー(1972年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

たった一つ、嘘をつく。
このラストのマイケルの、全てを守るための嘘が、鮮血夥しい暴力場面のどれよりも怖い。
 
当時のアメリカでは、私たちの住むこの同じ街にこんな奴らがいる、と言う驚きが半端なかったのだろう。
まさにケイ=ダイアン・キートンの視点。ラストカットも彼女の垂れ目だ。
家族を最重要視し、それに背くものは、どんな手を使ってでも、抹殺する。
この狂気のヤクザたちの愛に満ちた物語は、いま観ても衝撃的。
兎に角、愛と血をガッツリ対等に並行させたプロットが勝因だろう。

しかし、映画として、映画的な最高のシーンと瞬間が、なんとも溢れ返っている。
トップライトで黄光りする額、額、額のゴードン・ウィリスのカメラと、ショックと共に“切る”編集の荒々しさ、そして40代のマーロン・ブランドをイタリア系老人へと変貌させたディック・スミスの“皺”は、
アメリカン・ニューシネマを超越し、アメリカ映画を、いや映画史における最高の一本となった。
71年に一度死んだアメリカン・ニューシネマ。その翌年の模索期に、新旧の対比も含め、ニューシネマの枠を超越したコッポラ。映画の概念をも刷新するほどに、これまでの映画を総括しながら、その先を目指し、見事成功させたコッポラは、この時点においては天才である。
しかし、この後、続いていくコッポラの“総括癖”は、なかなか愉快である。
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