亘

明日、君がいないの亘のレビュー・感想・評価

明日、君がいない(2006年製作の映画)
4.6
【知られざる悩み】
オーストラリアのとある高校。生徒たちはそれぞれ悩みを抱えながらもいつも通りの日常を送っていた。しかしその日の午後2時37分、1人の生徒が命を絶つ。

高校生それぞれの悩みや葛藤を描きながら事件当日の半日を描く作品。冒頭の現場発見シーンでは誰か明かされずに、6人の生徒の生活とインタビューを中心に描く。それぞれ問題を抱えて中には人には言えない悩みもある。日常を描くことで悩みを明らかにしていく群像劇でもあり、一方で誰が自殺するのか思わず見ながら考えてしまうミステリーのようでもある。このミステリーらしさが、本作のテーマでもある「隠れた悩み」と「他者の存在を忘れること」を表現していると思う。
※ネタバレ含む感想はコメント欄にて

本作のメインの登場人物は6人。この6人の日常とインタビューを通してそれぞれが抱える悩みをあぶりだす。
メロディ:両親からは兄マーカスほど期待されていない。朝から泣いている。
マーカス:メロディの兄。優等生で、弁護士志望。親からも期待されている。
ルーク:スポーツマンで、サッカー選手志望。女子生徒からモテている。
サラ:ルークの彼女。キャリアに興味なく、専業主婦としてルークとの愛に生きたいと考えている。
シェーン:ヒッピーでゲイ。いつも1人でいる。
スティーブン:イギリスから3カ月前に引っ越してきた。足と体に問題があり失禁しがちで、敬遠されている。
そのほかマーカスと同じクラスの女子やサラの女友達などがいる。

シェーンやスティーブンは周囲から敬遠されているから客観的に悩みが分かりやすい。それでも家族への想いは真逆。シェーンは、エリートな兄ほど期待されていない。兄は大学へ行きあと2,3年で結婚もするだろうし孫も産むだろう。しかしシェーンは親から期待もされないし落ちぶれているし孫も作れないかもしれない。だから1人でグレている。一方スティーブンは、生まれつき体に問題があり家族にも心配をかけてきた。だからこそいじめのことは隠して卒業までの残り90日を耐えようとしている。

メロディとマーカスは兄妹ながら悩みは正反対。両親に期待された兄マーカスは「優等生でなければならない」という呪縛に囚われている。そして内面では自分の優秀さを鼻にかけてほかの生徒を「将来生活保護かマクドナルドか」とバカにしている。メロディは親から期待もされずそれほど自由も与えられていない。何かあれば親はマーカスの側についてしまうのだろうから彼女の方も親に半ば失望しているようにも見える。

ルークとサラは、一番能天気に見える。特にルークはイケてる方と見られているしシェーンやスティーブンをからかう側。それでも実は人に言えない悩みがあり、頑張ってイケてる側にいるのだ。そしてサラはルーク命。学校中の女子から嫉妬されていることでプライドを保ち、ルークの浮気を怖がっている。視野が狭くなってしまっている。

また本作で興味深いのは撮影方法。1人1人にフォーカスしているようでいてその背後で別のキャラクターが動いている。その後その別のキャラクターからの視点を見せることで。1つの事実に対してのそれぞれの視点を描いている。そしてその視点には各自の悩み・問題が隠されているのだ。特にルークの悩みが明らかになる場面やメロディの悩みが明らかになる場面は秀逸で伏線回収が見事だし、それによって周囲のシェーンやマーカスへの見方も変わってくる。だからこそ2回目を見ると、登場人物の視線や距離感に新たな発見がある。

1回見ただけではわからない、というのは本作のテーマにもつながるし監督の狙いだったんじゃないかと思う。インタビューの中で6人は「他人には言えないことがある」「話せば聞いてくれるけど全部は理解しない」と話して自分たちの悩みを相談できないと感じている。確かに作中で明らかになるルークやメロディの悩みは事情があって人に打ち明けづらいのかもしれない。事件の当事者に関するインタビューでは、「時には他人の存在に気づかない」という言葉も出てくる。みんな自分の悩みを自分の中にとどめているからこそ相手の悩みに気づかず、相手の存在に気づかなくなってしまうのだろう。

相手の存在に気づかないことの最たる例が、自殺事件。事件後には当事者とそれほどかかわりのなかった人が急に本人を思い出し、さらには「(その人は)幸せそうだった。助けを求めず自殺しそうになかった」と話す。そこにいるのが当たり前になっていて"存在"を忘れてしまっているような相手。でも"誰か"なかなか分からない。それを「君」と匿名の表現であらわす邦題も見終われば秀逸だった。

印象に残ったシーン:各自が悩みを打ち明けるシーン。自殺の当事者がインタビューに答えるシーン。
印象に残ったセリフ:「時には他人の存在に気づかなくなる」「幸せそうだった。助けも求めず自殺の気配もなかった」
亘