えいがうるふ

シッコのえいがうるふのレビュー・感想・評価

シッコ(2007年製作の映画)
4.6
アメリカが憧れの国だった時代は完全に過ぎ去った。
それでも未だ結局政府がアメリカの都合に迎合し後を追随しがちな日本にあって、ここで描かれている悲惨な医療問題は決して他人事ではない。まして日本にはアメリカ社会の根底にある狂信的なまでの社会主義アレルギーがなく、むしろそういったイデオロギーになんら関知せず無意識に生活する人が大半である故、船頭次第でどっちに転ぶか分からない怖さが常にある。
だからこそ、こうした作品で他国の内情に関心を持つことはとても大切なことだし、そこから自国の現状を顧みる人が増えれば、同じ轍を踏まない道だって選べるはずだと信じたい。

マイケル・ムーアが自身の作品で一貫して自国のダークサイドを世界に暴露し、問題提起をしてきた功績は偉大だ。ただし、マスコミが巨額をかけて作り上げた虚構はもちろんのこと、今や素人の動画すら人を動かす力を持っていることを思い知っている自分たちは、最初に主張有りきのムーア監督がこの問題を世界に向かって「どのように見せようと」していたのかを冷静に考える必要もある。

それでも、人が何かを自発的に学ぶにはまずはその事象に関心を持つことがスタートなので、このように面白おかしい映像手法で若い世代にも響く作品としてその入口が広げられる意義はやはりとても大きい。
実際、私よりずっと若い世代に利用者が多いと思われるここFilmarksのレビューを眺めていても、この作品を観たことで米国の医療保険制度が日本のそれとは全く異なることを初めて知った人も多いようで、さぞかし驚いたことだろうと思う。少なくとも、この映画を観た人は現在の米国でのコロナ被害の惨状の理由がどこにあるのか、ある程度は想像がつくのではないだろうか。

この作品が作られた2007年から現在までの13年間で、米国では政権交代と共に医療保険制度も変遷が進んだが、相変わらず問題は山積みで経済格差が生存権の格差に直結するような悲惨な実態は変わっていない。
もしこの映画を観た若い人がじゃあその後何がどうなって今がこうなったのか?まで興味を持てたら素晴らしいと思う。
90歳過ぎても名作を作るイーストウッドに比べたらまだまだ若いムーア氏には是非これからも面白いドキュメンタリー作品を作って欲しい。

それにしても、アメリカほど貧困と肥満が直結している国はないのでは、とつくづく思わされる。安く大量に作られる食品ほど身体に悪いという資本主義経済のしわ寄せを丸かぶりさせられる低所得者層は、不健康な食生活から逃げられない。だがその点を鑑みてもなお、目に余る肥満体が多すぎる。一目瞭然の自分たちの怠惰な生活習慣を棚に上げつつ、平然と他責を訴え体制を糾弾する身勝手さが実にこの国らしい。

それでも、マイケル・ムーアのようにあくまでも弱者側を標榜する人間がこんな風に堂々と不満をぶち上げ極端な風刺混じりの映画にまでしてビッグブラザーに物申せるのもまた、まさにそんなお国柄の賜物であり、それを受け止める社会の懐の深さこそが彼の国の希望だと思う。