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犬猫のnetfilmsのレビュー・感想・評価

犬猫(2004年製作の映画)
4.1
 東京近郊にある静かな街のごく普通の平屋。写真の勉強のため中国へ留学する友人あべちゃん(小池栄子)の留守を1年間預かることになったヨーコ(榎本加奈子)。そこへ同棲中の恋人・古田(西島秀俊)の家を出てきたスズ(藤田陽子)が突如転がり込む。スズとヨーコは幼稚園時代からの幼馴染だが、当時付き合っていた古田をスズに奪われたところから険悪になり、今に至る。だがオープニングの古田とスズの食事の場面は、ギクシャクした雰囲気に溢れる。古田は台所で料理をするスズの邪魔をし、味見をする。古田の不真面目な態度をスズは嫌がり、テーブルにご飯を運び2人の食事が始まる。彼女は「いただきます」と言って食べ始めるが、古田は漫画雑誌を夢中で読んでいる。古田のスプーンの欠如はスズが仕掛けた最後のシグナルなのだが、男はそれに気付かない。男と女の間にある絶望的な距離感。スズの自嘲気味な笑みにも古田はほとんど反応を示さない。ほどなくしてスズは古田の部屋を出て行く。彼女が転がり込むのはあべちゃんの部屋だけだが、そこにはかつて古田を奪い合ったヨーコがおり、2人は同じ空間でバツの悪い雰囲気を作る。あべちゃんもそんな2人の空気を知ってか知らずか気を遣うものの、明日には中国に出発しなければならない。

 ここからいがみ合う2人の奇妙な同居生活が始まる。1つの煎餅布団を2人でシェアし、ごく当たり前の日常を過ごす中で2人は過去の傷には触れない。それどころかヨーコは古田のことを一生懸命に忘れようとしている最中である。彼女はバイト先のコンビニで同僚の三鷹(忍成修吾)に密かに好意を寄せている。だが引っ込み思案な性格でなかなかその思いを口に出せないでいる。奥手な女の子の片思いのいじましさ。路地の先でふと三鷹くんの姿を確認したヨーコは、まるでストーカーのように図書館までついていくが、一向に声がかけられない。そんな彼女の本心を知ってか知らずか三鷹くんの方からヨーコに声を掛ける始末。ヨーコは三鷹くんに貸すと約束していたCDをいつも携帯している。彼がどんなジャンルの本を借りるのか興味津々なヨーコだが、三鷹くんはヨーコの質問をはぐらかす。はっきり言って三鷹くんはヨーコに気がない。話はいつも膨らまずに、常にぶっきらぼうに終わる。日本のロックのCDを貸したのに、感想は普段ずっと聴いているカラヤンのものだけ。クラシックになんて興味のないヨーコはただ三鷹くんの感想を受け流す。2人の会話は噛み合わず、相性も最悪。だけどヨーコはそんな三鷹くんに対し、愚直にアピールを繰り返す。だからこそ古田くんだけでなく、三鷹くんをも自宅へ勝手に招いたスズにヨーコは怒り狂う。スズが自分の呼びかけには無反応だった三鷹くんをあっさり家に上げていることに我慢ならないのだ。

 2人の意識や感情のずれがやがてクライマックスで静かに爆発する。互いに傷に触れずに誤魔化して生きる2人も一つ屋根の下で心情を爆発させる。21世紀は女性上位の時代だと言われて久しいが、今作では女性の一点突破の強さに対して、2人の男は常にふわふわしていて骨がない。彼女たちを力づくで押し倒すこともなく、強引に口づけすることもなく、2人の男たちは何となくその場の空気を漂いながら、取り繕いながらスズとヨーコの間を行ったり来たりする。そこには先日亡くなった松方弘樹や根津甚八のような昭和の無骨な男性像は見当たらない。映画のロケーションはおそらく中央線沿線だと思うが、国分寺周辺や西武池袋周辺など様々な既知の風景が目に飛び込む。その中でも印象的だったのは坂のある風景だろう。高低差のある坂が登場人物たちの様々な喜怒哀楽を彩り、象徴的な事件を呼び込む。繰り広げられるのはごく当たり前の日常であるが、井口監督の魅力は感情の些細な揺れを当たり前のように描写する力にある。淡々とした日常の中に静かな波風が立ち、様々な喜怒哀楽が滲む。今作は典型的なハリウッド映画の恋愛ものの話法とはあまりにもかけ離れているが、逆に日本映画のような低予算で撮影された有象無象の作品の中では圧倒的なオリジナリティが感じられた。やはり当初観た自主制作8mm版の印象が強いが、まったく同じショット構成で脚本は微妙に修正したメジャー版も決して嫌いになれない。まるで成瀬巳喜男の『浮雲』の森雅之のような西島くんと忍成くんのゲスっぷり 笑。西島くんの手すり滑りは2000年代に最も神経を逆なでする名場面として強烈な印象に残る。
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