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ドライビング Miss デイジーのたにたにのレビュー・感想・評価

ドライビング Miss デイジー(1989年製作の映画)
3.9
【ツナ缶】2022年127本目

1950年代の南部アメリカ。
運転を失敗した母デイジーを心配して、息子は運転手を雇う。しかし、デイジーは黒人を使用人とすることを拒否。
モーガンフリーマン演じる黒人のホークは、そんな意固地なデイジーに負けじと自分のできることを実直に行い、信頼を得ていきます。

ホークの陽気さと意固地なデイジーという組み合わせから、コミカルな場面も多々あり、とてもライトに鑑賞できる作品ではあるものの、随所に人種差別描写も含まれ、登場人物の辛苦を感じ取れることができる。


◉差別と偏見
ユダヤ人のデイジーと、黒人のホーク。
道中で警官に話しかけられ、身分証明の提示を求められる。揉め事が起きるわけではないが、"面白い組み合わせだな"というさらっと述べられる台詞に事の重大さを思い知らされる。

ガソリンスタンドで給油し、トイレ休憩を挟んで出発した直後、ホークはトイレに行きたいと申し出る。"黒人はトイレを使うことができない、知っているでしょう"と。

また、デイジーが通うシナゴーグが爆破されてしまう。
"犯人にされるものは、いつも決まってる"というホークの台詞。
KKKによるユダヤ、黒人への差別がいかに根強いのかを示しています。




映像として痛々しい場面は特になく、ハートフルでチャーミングな二人を見ることができる作品ではある。
デイジーの息子やその嫁も偏見を露わにせず、一定の距離感を持って介入していない点がかなりの救いである。

良き友人関係となった二人がラストでケーキを食べるシーンに、監督の未来への希望が見て受けとれる。
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