MASH

野火のMASHのレビュー・感想・評価

野火(1959年製作の映画)
4.5
人肉を喰らうシーンがあまりにも有名だが、それ自体はこの映画の根本ではない。そこに一切の激しい感情がなく、完全に感覚が麻痺した人間がそこにいるということが、観る者の感覚を揺さぶってくる点なのだろう。

戦場という異常な空間で考えることも感じることもやめてしまった人間が、朦朧とした意識の中でただ生にしがみつく。そこには嫌悪感や罪悪感が入り込む隙間がない。だが、決して獣になったわけではない。あくまで人間としての理性を兼ね備えたまま、人間としての一線をフッと超えてしまう。

普通だったらそこにある狂気を強調したような作風になりそうなものだが、市川崑は敢えて無気力で気だるいような空気感で描き出す。その空気に観ているこっちも飲まれてしまい、徐々に何が正しくて何が間違っているかが分からなくなり始めるのだ。まさしく船越英二演じる田村一等兵のように。

怒りや悲しみ、罪悪感、倫理観、神の不在。それらも生物としての本能の前では全て霞のような存在へと変わってしまう。なぜ田村一等兵は一線を越えずに済んだのか。僕には彼が心のどこかで野火という微かな希望を信じていたからのように感じられる。だが、最後にはその野火にすら彼は裏切られてしまう。普通に生きたいという願う彼の言葉を聞いた我々は、普通を享受できる意味を改めて考え直す必要があるのかもしれない。
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